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The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/21 (Thu) 22:26:10
初めての方には初めまして。
初めてではない方には、どうも、お久しぶりです。
有穂と申します。
まず、初めに、不甲斐無い私に代わり、管理人の方に直接働きかけるというアクションを起こして下さった方に対して、多大なる感謝の意を捧げたいと思います。
もちろん、その声を聞き入れ、再びこの場を活動できるまでの環境に整えて下さったmars様にも。
それでは、さっそくではありますが、小説連載の方をまた始めていきたいと思います。
タイトルでお気づきかとは思いますが、以前こちらの方で途中まで書かせていただいていたものを再掲、という形になります。
私のポリシー、というか執着に近いのですが、何としてでも完結までつなげたい、と。
幸運ながら、自分のパソコンの方にデータを残してあったため、このような芸当が可能となりました。
現在書き溜めている状況なので、更新は早めを予定しています。
二番煎じになり恐縮ですが、連載していたものを多少修正した部分もありますので、旧版を知っている方でも楽しめるのではないかと思っています。
それでは、お付き合いいただけると幸いです。
また、モノガタリが綴れることのしあわせに、
心からの喜びを噛み締めながら。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/21 (Thu) 22:29:58
<登場人物紹介> ※登場次第、随時更新していきます
・リンク♂
トアル村に住んでいた17歳の青年。金髪に、碧瞳を持つ。
孤児であり、村長ボウに拾われて育てられてきた。
そのためイリアとは幼なじみ。
5年ほど前から村の外れで牧童をしつつ、一人暮らしをしている。
現在は行方不明になっているが、愛馬エポナ(♀)がいる。
攫われたイリアたちを捜しに異空間へと入り込み、ケモノの姿になり変わる。
・シルト♀
コキリの森に住んでいた16歳の少女。肩までの銀髪に、丸耳、蒼瞳を持つ。
相棒に妖精ティラがいる。
豆鉄砲など、飛び道具を操るのが得意。
“レナス族”という種族。“コキリ族”ではない。
炎、風など力を借り、行使することができる魔法使い。
故郷の森が敵の手に落ち、自身もケモノになりながらも単身逃げ延びる。
・ティラ♂
シルトの相棒の妖精。金の瞳を持つ黒猫に、白い羽根が生えた姿をしている。
シルトとは生まれた時から一緒。
人語を解し、話すことができる。
・ミドナ♀
リンクが『ハイラル城』の地下牢にて出会った人物。
彼の脱獄を手助けし、ゼルダ姫に引き合わせた。
オレンジ色の髪に、紅い瞳、そして顔の半分以上を無骨な仮面で覆っている。
小柄なため、常に浮遊しているか、リンクの背に乗っている。
“とある目的”があるらしいが、それが何なのかは不明。
・イリア♀
トアル村に住む17歳の少女。クリーム色の髪に、蒼瞳を持つ。
リンクの幼なじみ。
『精霊の泉』にて、エポナと共にブルブリンに攫われ、行方不明に。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/21 (Thu) 22:35:52
プロローグ:終わりと始まりの日
緑の服を着た少年が、異国へと通じる森の入口に立っていた。
旅装に身を包み、その傍らには仔馬。
少年は空を見上げて動かない。しばらくそうしていたが、ふと、何かを感じたらしく後ろを振り返った。
そこに居たのは背の高い青年。全身を白に近い灰色の装束に包んでいる異様な様で、髪の黄土と、瞳の紅色が妙に目立って見える。
「はじめまして、リンク」
青年が優雅に、敬意をこめて一礼する。
少年――リンクは突然現れた青年をいぶかしげにじろじろ見た。
「あんた、ゼルダか…? いや、違う、な…」
青年はふっ、と目元を緩めた。
「いかにも。ボクはゼルダが変身しているのではない。でも、ボクの名前もシークというんだ。以後お見知りおきを、勇者様」
そう言っておどけるようにもう一度礼をする。
リンクはそんなシークの言い方が気に入らなかったらしく、眉をひそめた。
「ふーん…よろしくシーク。んで、オレに何の用?今から旅立つとこなんだけど」
そよ風がどこからか吹いてきて2人の髪を揺らす。
「分かっているよ。でもどうしてもキミに言っておかなければならないことがあるんだ。旅立つ前に、ね」
ここで言葉を切り、リンクの反応を見る。リンクが続けろと促したので再び言葉を紡ぐ。
「キミが封印したガノンドロフだけども…その封印は、完全ではない。いつしか、破れてしまうだろうね」
リンクの尖った耳がぴくり、と反応した。剣呑な目つきでこちらを睨む。
「…何だそれは。当てつけか?お前はオレがしくじった、とでも言いたいのか」
「いや、キミはやれるだけの事はした。でも、この世界に完璧なモノが存在する筈がないんだ」
シークの瞳がふと曇った。
「モノに光が当たると影が出来るように、光と影は切っても切り離せない。…だから、この世に光がある限り、ガノンは封印がいつか緩む、その時に再び蘇る」
「…んじゃ、“その時”が来たらどうすんだよ?その“いつか”の時にオレは生きているか分からないぜ」
リンクは斜に構えて横柄に言った。
「それは心配いらないよ。影があるなら、光もまたある。彼らに任せておくといい…未来の“勇者達”にね」
リンクはふっ、とその幼い顔に似合わず大人びた笑い声を発した。
「そいつは頼もしいな。これでハイラルは安泰だ、と…」
不意に軽口を叩いていたリンクの目が鋭さを増した。警戒心を露わに、油断なくシークを見据える。
「そこまで知ってる奴がいるのかよ…?シーク、あんた何者だ?…只者じゃあない、よな?」
リンクの探るような視線を受けて、シークはおもむろに片手をあげた。そのまま前髪をかきあげ、額を露わにする。
リンクは瞠目した。
シークの額にほんのりと輝いていたのは、トライフォース。
――そう、存在する筈のない、4つめの聖なる印。
シークが手を下ろした。前髪がはらりとかかり、輝く印を元通りに隠す。
「…少なくとも、これで怪しい者じゃあないってことは納得してもらえたかな?」
「なるほどな…4人目の“神に選ばれし者”か……。風の噂程度には聞いたことがあったが、まさか本当にいるとはな…」
リンクが独り言のように呟く。いつの間にか、彼の周りを覆っていたぴりぴりとした空気の感じが消えている。
シークは優しく微笑んだ。
「ボクの話はこれで終わりだよ。…それで、この話を聞いたキミはこれからどうするのかな?」
リンクはシークの問いには答えずに、傍らのエポナを撫でた。慣れた身のこなしでひょいっ、とまたがる。
エポナは2、3歩後ずさって小さくいなないた。
リンクはエポナをなだめながらシークを顧みた。
「…別に、当初の予定と変わりはない。オレは旅に出るだけさ」
「そうか」
シークは頷いた。
「さてと。オレはそろそろ行くよ」
「…キミの旅路に幸あらんことを」
「ああ」
リンクが前方に首を戻そうとした、そう、その一瞬――――
視界に映る青年の姿に、紅の瞳を持つ獣の姿が重なった、ような気がした。
「……?」
不審に思って振り返ってみる。が、既にそこには誰も居ない。
リンクはしばらくそこを見つめていたが、おもむろに前を向いた。
「…また、な」
誰に向けて言ったのか、ぽつりと感慨を込めて呟き、名残惜しい思いを断ち切るようにエポナにムチをいれる。
エポナはいななき、軽快に駆け出した。
その姿はゆっくりと小さくなり、やがて、木々に紛れて、消えていった。
そして今、新たな輪廻が紡がれようとしている。
物語はこの“時の勇者”の時代から数百年後
ハイラル平原の南端と北端にある
ある“村”と“森”から始まる………
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/21 (Thu) 22:52:13
第1話:勇者の旅立ち<碧>
――リンク!
暗闇の中で、誰かに名を呼ばれた気がした。まるでずっと前から知っているかのような懐かしい響き。
「リンクっ」
かすかに何処からか声が、ベッドで寝ている人間に届いた。
一瞬その尖った耳がぴくっと動くが、寝返りを打ってまた動かなくなる。
「リ ン ク――!!」
今度の大声は流石にはっきりと“彼”の耳に届いたようだ。ゆっくりと起きあがり、床に降りる。
ねぼけまなこをこすりながら、リンクは窓のそばによっていき、そこから身を乗り出した。
「あっ、居たーっ。リーンクっ!おはようー!」
家の前に立っていた少女、イリアがリンクの姿を見つけて大きく手を振ってくる。リンクとは幼少の頃からの幼なじみの仲だ。
「おはよう、イリア」
リンクも手を振り返して応える。
「イリアがオレを起こしに来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」
「あのね、お父さんからの伝言っ。朝の山羊追いが終わったらうちに寄ってくれって」
イリアの父親、ボウはこの村の村長なのだ。
「村長がオレに用事…?何だろう?」
「んー…たぶんアレじゃないかなぁ…」
「“アレ”って何だ?」
リンクの首が45度位に傾いた。
「…ほら、明日」
「……ああ」
ようやく思い出した。そういえば明日はリンクの17歳の誕生日だった。
いや、正確に言うのならば、それは正しくない。
リンクは赤ん坊の頃、この村外れの森の近くに捨てられていた子どもで、ボウの家に引き取られ、家族同然に育てられてきた。
“誕生日”というモノも、実際のところ自分の拾われた日にちなので、いまいちぴんと来ないのが現実だった。
「そっかぁ…。もうオレも17になるのか…」
しみじみと、感慨深げに呟くリンク。
そんな様子を見て、既に一足早く17歳になっているイリアはおかしそうに笑った。
「やだリンクおじいさんみたいなこと言って。いくら実感がないからって、自分の誕生日忘れちゃ駄目よ?」
「…そんなに笑うなよなー…」
憮然として口を尖らせるリンク。
なおもクスクス笑いながらイリアは踵を返した。
「んじゃ、私ちゃんと伝えたからね、忘れないで寄るのよ?」
ちゃっ、と手を振って駆け足で去っていくイリア。
リンクはその後ろ姿をしばらく目で追っていたが、やがて部屋の中に引っ込んだ。
まずは、着替えなくては。
トアル村。
ハイラル平原の最南端に位置する、酪農が盛んな村である。
周りを『フィローネの森』という神聖な森に囲まれていて、他の村落とは繋がりが薄いのだが、そこで飼育されているトアル山羊の乳から作られる乳製品は品質が良く、度々王家からのお達しで、城まで献上するほどである。
小さな村なのだが、その謂れには歴史があるようで、古の勇者が長い旅より戻ってきた時に、森の一部を切り拓いて終の住みかとしたのがこの村だと言われる。
なので、この地のどこかに、勇者の遺品たるモノが残っている、らしい。
リンクは幼い頃にボウにそう聞かされたが、最後に彼が苦笑いを浮かべながら言った、
(まあ、所詮伝説に過ぎんだろうがな…)
と言う言葉が妙に記憶に残っている。
そう言われると夢が無くなるじゃん、とその時幼いながらに思ったことを、リンクは今でも覚えている。
しかし、リンクはそんな歴史よりも、この村の名前自体の方がずっと気になっていた。
物心ついて初めて村の名前を知ったときに、古の勇者のネーミングセンスを思わず疑ったほどだ。
「…平和だなぁー…」
そんなとりとめのないことをぼーっと考えながらリンクは呟いた。
空は雲1つない晴天。それにぽかぽかと暖かい陽気。
長閑な風景だ。
山羊追いもいつも通りこなし、リンクは馬上の人となっている。
幼い頃から牧童仕事を手伝ってきたリンクにとっては、もはや日常茶飯事のことだ。
牧場から続く坂道をゆっくりと下って行くと、すぐに村長の家が見えてくる。
リンクは愛馬エポナを道脇の柵につなぎ、ドアをコンコンとノックした。
「ボウ村長、リンクです」
「おお来たか。お入り」
リンクが家の中に入ると、ボウは火の付いてない暖炉の横にある椅子に座っていた。
「村長。イリアから何か用がある、と聞きましたが…」
ボウはリンクを手招きした。
「まあ、立って話すのもなんじゃろうから、ここに座りなさい」
リンクは勧められるままにボウの横の椅子に腰かけ、ふと彼の浮かない顔に気づいた。
「どうしたんですか?何か、悩み事でも?」
「実は……明日についてのことなんじゃ」
重い口調のボウ。
「昨日、急に城から使者が来てな、仰せつかっていた献上品を届ける日を明日にするよう、命令が下ったのじゃ」
言葉を切り、ふう、とため息をつく。
「知っての通り、本当はもっと先の予定だったんだがなぁ…。しかも、明日はお前の17歳の誕生日。ハイラルで一人前と認められる歳になる重要な日をわしも一緒に祝ってやりたいが…。しかしこれはもともとお前に頼んでいた役目、今更他の者に代わってもらう訳にもいかんじゃろう?どうしたらよいのか…」
最後は呻くように言って頭を抱え、机に突っ伏すボウ。
リンクはそんな養父の姿に苦笑した。そんなことで悩んでいたのか。
「オレは別に明日でも大丈夫ですよ?」
「…しかしのぅ」
「お祝いならいつでもできるでしょう?オレが帰ってきたら、改めて祝えばいいじゃないですか。オレ自身は構いませんから」
肩をすくめてみせるリンク。
ここら辺に、自分の誕生日に対する彼の関心の薄さが窺える。
ボウは額にしわを寄せてしばらく考えていたが、やがて頷いた。
「…分かった。お前がそこまで言うのなら、頼もう」
「任せて下さい」
リンクはしっかりと首肯してみせた。
その時2階へと続く階段を下りてくる軽い足音がして、イリアが顔を覗かせた。
「父さん?…あ、リンク、来てたんだ。待ってて。今、お茶を入れるから」
イリアはぱたぱたと台所の方へ入って行き、すぐに湯気の立つカップを3つ、盆に載せて持ってきた。
自分とリンク、ボウの前にそれぞれ置き、椅子に腰かける。
「おお、ありがとうなイリア。…どうじゃ?作業の方はもう終わったのか?」
「ううん、まだだよ。今はちょっと休憩中」
「何作ってんだイリア?」
リンクが興味津々で尋ねるが。
「ひ・み・つ。だってそりゃあ…ねえ!」
いかにも意味ありげにイリアはクスクスと笑いながら答えをはぐらかす。
「…?答えたくないなら別にいいんだけど…。じゃあ出来たら見せてくれよな。楽しみにしとくから」
「うん、そうしといて。…あっ、そうだ!」
突然イリアがポンと手を打った。
「ね、リンク。エポナ、借りていい?」
リンクの返事を待たずにイリアは椅子から立ち上がった。
「えっ!?…この後、エポナと森に薪拾いに行こうかと思ってるんだけど?」
「じゃあいいよね。大丈夫!スグに終わるからっ!」
イリアは玄関のドアノブに手をかけたまま振り返った。
「だって明日お城に行くんでしょ?せっかくいいところに行くんだもの。エポナ、綺麗にしてあげなきゃ。女のコなんだから」
それだけ言うと、さっさと外へ出ていく。
「おい、イリア!?」
リンクの言葉にも耳を貸さない。
彼女が居なくなった室内に、静寂が降りた。
それを破るようにボウが大きなため息をつく。
「すまんの、リンク。あやつ、母親に似たのか、この頃強情になってきおって…」
「…そうですね。昔も結構でしたけど、最近ますます顕著になりましたよね」
やれやれと頭を振ったリンクは、空のカップを手に立ちあがった。
台所へ入って行き、ポットからおかわりのお茶を注ぐ。
幼少の頃居たお陰で、この家の勝手は良く分かっている。
「それよりですね」
リンクはテーブルに戻って来て言葉を継いだ。
「オレはイリアがちゃんと早く帰ってきてくれるかが心配ですよ。エポナを勝手に連れ出して遊ばせるのにはもう慣れてますけど、あいつのことだから長くかかると思います」
リンクは肩をすくめた。
イリアの我がままに関しては多少目を瞑ることも必要だ。特に、エポナの事に関しては。
彼女はこのリンクの愛馬に対して、並々ならぬ愛情を注いでいるのだ。
とりあえずは、イリアが帰ってくるまでここで大人しく待っておいた方がいい。
しばらく部屋に沈黙が満ちた。
しかし。
「あっ……」
突然、リンクが椅子から立ち上がった。目が大きく見開かれている。
「…今思い出したんです。最近フィローネの森の外れに、魔物が出ることがあって…」
イリアがエポナを連れていきそうな場所。リンクはそこに心当たりがあった。
それは『精霊の泉』。
そこは、村を過ぎて、その外れに建つリンクの家を通り過ぎ、森の中に少し入った所にある。
今は太陽の光眩しい昼間と言えど、彼の言う不穏な場所であることには変わりは無かった。
リンクは目に見えてそわそわしている。
「…ちょっとオレ様子を見て来ますっ!」
言うやいなや、リンクは外へと駆けだした。
「お、おい、ちょっと待たんかリンク!」
ボウの制止を背中に聞きながら、リンクは村の小道を、森の方へ向かって疾走していった。
村長が慌てて家の戸口から外へ首を突き出した時には、彼の姿は既に視界に無かった。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 或守
2014/08/22 (Fri) 18:49:13
お邪魔させて頂きます。或守です。
また有穂さんと書けることがとても嬉しいです。
黄昏の獣、見れるんですね。ずっと楽しみにしていました。
有穂さんのおかげで勇気付けられた掲示板の再興です。
その感謝を、この場を借りてさせて頂きます。
本当にありがとうございました。
そして、今後ともまたよろしくお願いします。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/22 (Fri) 21:58:56
或守さん
こんにちは…と再び自分の小説のスレでこのように或守さんにコメントのお返事できることが嬉しくてなりません。
そして、復興応援のスレの方に顔を出せず、すみませんでした。
何とかしたい、とは言いながら、結局人様の働きの上で実現した結果に首尾よく乗っかる形になり、お恥ずかしい次第です。
或守さんの方も再始動、といったところでしょうか。
続きを楽しみにさせてもらいますね。
私の方こそ、お礼を言わせてください。
或守さんがいなければ声を上げることもできなかったかもしれません。
ありがとうございました。
こちらこそ、よろしくお願いします。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/22 (Fri) 22:05:35
「イリアっ!!」
泉に着いたリンクは、入口の柵にもたれて荒い息を整えた。
村長の家からここまで結構な速さで走って来たので、かなり辛い。
「イリア…?」
泉の中を覗きこむ。イリアは居た。エポナと共に。
彼女の姿は木々の間から漏れる昼下がりの光に彩られ、いつもと異なる不思議な感じを見る者に与えていた。
リンクはそんな姿にしばし、見とれた。
「…あれ、リンク?」
しばらく経って、ふと振り向いたイリアは、リンクの姿を認めてびっくりしたように声を発した。
「そんなに仕事が急ぐの?」
リンクはその言葉にはっと我に返った。
「え、あの、いや、そんなことはないんだけど、ちょっと心配になって…その…様子を…見に来ただけで……」
言葉の最後が尻すぼみになって消えていく。
そんなリンクに、イリアは、
「そう。ありがと」
と言って、エポナの方に向き直った。布に水を浸し、エポナの身体を拭き始める。
リンクは手持ちぶさたになって砂地の所に座り込んだ。
「…ねえ、リンク」
「ん?何だ?」
「……明日」
イリアは囁くように言った。
「え?」
「明日のこと、だけどね」
彼女はさっきよりも声のボリュームを上げた。
「ちゃんと役目をはたして、それから…。無事に、帰ってきてね」
イリアの表情は後ろを向いていたので見えなかったのだが、リンクは自分がこんなに彼女に心配されていたと知って、体の奥がほわんと暖かくなるのを感じた。
「ああ。約束する」
リンクは立ち上がってしっかりと首肯した。
刹那――
バキバキバキィッ!!
泉の柵が轟音をたてて吹っ飛んだ。
すっかり無防備になった入口から、柵をぶっ壊した張本人達だろうボコブリンが巨大な猪にまたがって何匹も突っ込んできた。
「危ない、イリアッ!!」
突然の事のショックからいち早く立ち直ったリンクが、同じく固まっているイリアを突き飛ばして転ばせた。
直後、横薙ぎに振られた棍棒が、彼女をかばったリンクの背中を強打する。
激しい水しぶきをたててリンクは水面に倒れ込んだ。
ようやく起きあがったイリアは、自分の代わりに怪我を負った彼の姿を見て、ひっ、と喉の奥で悲鳴をあげた。
「リンクッ……!!」
リンクは痛む体を必死に動かし、再び立ち上がった。
「逃げろ、イリアァ…!!早くっ…!!」
傷ついた幼なじみの鬼気迫る表情と口調に、イリアはがくがくとうなずき、転げるように泉の外へ出ようとする。
しかし戦い慣れしている相手は、彼女の行動を予測していたようで、1匹のボコブリンがさっと背後に回り込むと、容赦なく棍棒をその頭に振り下ろした。
「イリアァ――……!!!」
彼女がゆっくりと倒れ込むのを見て、リンクの頭のどこかで、ブチッと何かが切れる音がした。
激情で視界が赤く染まる。
瞬間、彼は体の痛みを忘れ、イリアを殴ったボコブリンにつかみかかった。
しかし丸腰のリンクが、得物を持った、しかも複数のボコブリンに敵うはずがなく、あっさりと後頭部にとどめの一撃をくらって、闇の中へと叩き落とされた。
ボコブリン達は、歯向かってきた人間が動かなくなったのを確認すると、さっと脇によって、新たに入ってきた彼らの“主”に道を空けた。
それは巨大なキングブルブリンで、同じく巨大な猪にまたがっている。
のしのしと泉の中へ歩を進めたキングブルブリンは、興味がなさそうに倒れているリンクにちらりと目をやってから、部下の側で気を失っているイリアの上で視線を止めた。
部下に命じて運んで来させ、自ら彼女をかつぎ上げると、彼らは高らかに勝利の雄たけびと角笛の音を辺りに響かせながら、その場を去って行った。
そよ風にゆらゆら揺れる水面に、細い真紅の血の帯が、静かに静かに広がり始めた。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/24 (Sun) 11:14:39
――助けて、リンク!!――
恐怖に顔を歪ませたイリアが闇の奥へと消えて行く。
手を伸ばすが、届くはずがない。
だめだ、行くな…!
行くな……!
「イリアッ」
リンクはがばと起きあがった。
そのとたん、頭の奥に鈍痛が走る。
「ぅあッ」
視界がぶれ、ばちゃりと水の中に手をつく。
生じた波紋が、漂っていた鮮やかな紅をかき混ぜ、消してゆく。
ずきずきと痛む頭に顔をしかめながら手をやると、後頭部にこぶができていた。
血が出ていたようだが、治癒の力を持つこの精霊の泉の水によって止まっている。
おそらくもう少し浸かっていたら、このこぶも痛みが引いて綺麗に治るのだろうが、今はそんな余裕は無い。
「イリアは…イリアはどこだ…?」
うわごとのように呟きながらリンクは立ち上がった。よろめいたが、気にも留めない。
今、彼の頭の中を支配しているのは、幼なじみの事だけだった。
痛みと、水濡れのために重い体を、半ば引きずるようにして泉の外へ出る。
ずる、ずる、と思うように動かない足に鞭打って村から外へと通じるつり橋の方へ向かう。
エポナが居れば、と思って、そこで初めて自らの愛馬もいなくなっている事実に気がつく。
1時間にも2時間にも思えるような時間がかかって、ようやくリンクはつり橋を渡り終えた。
そこには、奇妙なモノがあった。
色は漆黒。道を塞ぐほど巨大な壁のようなモノ。
表面に、何やら幾何学的なオレンジ色の模様が浮かび上がっていて、微かにまたたいている。
「…何だ…?コレ…?」
今までこんなモノはなかったはず。
リンクはふらふらと魅せられたかのように、その壁に近づいた。
“それ”に近づけば近づくほど、彼の周りからはだんだんと光が消えて行く。
そして、壁まであと数歩のところまできたとき――
ガバッ!!
突如壁から巨大な黒い手が生え、リンクを引っ掴んだ。
避ける暇もなかった。
リンクが状況を理解する前に、彼は一瞬にして壁の向こうに吸い込まれていった。
目の前に広がる景色は、淡い黄色の光にくすみ、地中からは黒い雲が湧きだす、全く違う世界に変貌してしまっていた。
『ヤット見ツケタ…!ヤット…!』
ざらざらと、耳障りな声が真上から降って来た。
禍々しい姿の化け物が、その手に掴んだリンクを見下ろし、品定めしている。
(何だこいつは…!?)
リンクは弱々しく抵抗した。
しかし如何せん、化け物の人間離れした握力に敵うわけがない。
『“光ノ世界”ノ人間…コレヲザント様ノ元ニオ連レスレバ、キットオ喜ビニ……!?』
突然、リンクの左手が眩しい光を発した。
まともにそれを浴びてしまった化け物は、キシャ―ッと甲高い叫び声を発して両腕で顔を庇い、一目散に逃げ出す。
リンクは地面に投げ出された。
体が、熱い。
溶けてしまいそうだ…
ドクン、と自分の心臓の鼓動が、かつてないほど大きく耳に響く。
「う、あぁ……」
突然襲ってきた意味の分からない気持ちの悪さと痛みで、体がびくびくと痙攣する。
苦しむリンクの手の甲で、光は選ばれし者の証、聖三角の形に姿を変えていく。
そしてそれがくっきりと浮かび上がったとき――
「うわぁぁぁオオオオオオォォォ――ッ!!!」
体を弓なりに反らし、苦痛の咆哮をあげたリンクの姿は、一瞬にしてケモノに変化した。
力尽きたケモノは、がっくりとその場に崩れ落ちる。
ほどなくして、先程の化け物が戻って来、ケモノを何処かへと引きずって行った。
そしてそれを見つめる一対の瞳――
「アイツが…“勇者”?ふうん…使ってみる価値はある、かもな…」
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/25 (Mon) 23:08:12
第2話:勇者の旅立ち<蒼>上
そして、時を同じくして……
ハイラル平原の北端。広大な土地が突如途切れる深い谷の底に、『コキリの森』はあった。
しかしその姿は才ある者にしか視えず、視えたとしても、大半の人は幻かと思うだろう。
それ以外、わずかひと握りの者だけが我が目を信じて、苦労の末に森へ足を踏み入れたが、今だかつて、誰1人として戻って来た者はいない。
そのことから、『コキリの森』の存在は、一般には伝説の土地として伝わっているだけに過ぎない――
森に明るい日差しが差し込んでいた。
小鳥たちが鳴きながら空をゆったりと飛んでいく。
暖かい光に包まれた木々の間は、心地のいい静けさを保っている。
ふと。
ジャッ……
誰かが砂利でも踏んだような音がした。
なんせ森が静かなので、その音は思ったよりも大きく響く。
しかし誰の動く気配もしない。
ヒュッ…!
どこからか小石が飛んできて1本の木の幹にカツン、と当たって落ちる。
すかさず、石の飛んできた方へ数回、小さな“礫”が放たれた。
それらは大きめの茂みを貫通していったが、何かに当たった様子は全くない。
また森は静まりかえったが、先ほど応戦した方が、攻撃の手ごたえの無さに動揺しているのが分かる。
「みっけ」
その声がぽつり、と響いた直後――
2個の礫が正確にある茂みを襲った。
「痛ってー!!」
たまらず、2人の少年の頭が茂みからガサッと出てきた。
そのすぐ横を、新たな礫が脅すように通り過ぎる。
彼らは慌てて両手を上にあげた。
「待てよ、分かったよ分かった!おれ達の負けだ!だからもう撃ってこないでくれ頼む!」
「…全く、あんた達から勝負ふっかけてきたくせに」
ため息と共に、木の上からひらり、と少女が飛び降りた。
大きな蒼色の猫目に、肩にかかる位で無造作に切った銀髪。見た目は十代半ばだろうか。
少女は豆鉄砲を持った手を腰に当てて、ふんと胸をはった。
「これであたしとあんた達との勝負は、こちらの7戦7勝。どう?まだ続ける?」
少女よりも1まわり以上小さく、まだ10歳前後に見える少年達は、憮然としながら抗議した。
「いや、勝負はもういいんだけどさ、でもずるいぞシルト!騙すなんて卑怯だ!」
そーだそーだともう1人が後ろではやす。
やれやれというように頭を振ったシルトの陰から、ひょいと1匹の黒猫、いや猫の姿をした妖精、ティラが顔を出した。
『不意打ちなしなんて、そんな決まり決めてなかったよ。というか、そんなこと言ってたら、勝負なんて決まらないんじゃない?』
「そーよ。勝つためにはそういうことをするのも必要なの」
「だけどよ…」
なおも言いつのろうとした片方の少年の額に、親指の爪くらいの大きさの塊が当たって跳ね返った。
「あだっ」
シルトが手の中でもてあそんでいた豆鉄砲の弾、ドングリの実を指で弾き飛ばしたのだ。しかもご丁寧に尖った方を先に向けて。
「しつこいよソーマ。負けは負け。しかもそっちは2人相手だったんだから、これでおあいこ。ね?」
「ちぇっ」
ソーマともう1人、ラビは不承不承、といった感じで頷いた。
「くっそーっ、いつか絶対負かしてやるかんな!!」
ソーマとラビの、黄色と水色の妖精が出てきて額の所を気づかうように飛び回る。
ドングリが当たったところが赤くなっていて、ちょっと痛そうだ。
「はいはい、百年早いですよーだ」
憎まれ口をたたくシルトだが、その顔は笑っている。
一見姉弟のように見える3人だが、実はシルトよりソーマやラビの方が、歳でいったら上だ。
昔は2人がシルトのお守りをしていたのだが、今となっては良き遊び相手である。
碧色の瞳を持ち、何年経っても子どもの姿から成長しない、これがこの森に住む“コキリ族”の特徴だった。
その点においては、蒼瞳で年相応の見かけをしているシルトは、彼らとは種族が異なる存在である。
「今日もいっぱい遊んだなあ!」
そう言ったソーマの横で、ラビのお腹が、きゅ~っと鳴った。
途端、他の2人からの爆笑を買う。
『ホントラビのお腹って正直だよね~』
「う、うるさいなっ。しょうがないだろ、鳴るモンは鳴るんだから」
「でもまあ、おれもそろそろお腹空いてきたし、ご飯を食べに帰ろうぜ?」
ソーマが先頭に立って歩き出す。
彼が歩くと、木々の枝が避けるように道を開ける。
シルト達がいるここ、『迷いの森』は、コキリの地を護っている森である。
“迷い”の名の通り、コキリ族や森の主の許しを得た者以外がここに立ち入ると、時間や空間が歪んでいるせいで、どこか違う場所や時代やらに飛ばされてしまう。
なので、この森に護られているコキリの土地は、ハイラルの世界とはまた違った“異世界”とも言えた。
シルト達がようやく迷いの森を抜け、コキリの森の集落の入り口に着いた時、村の奥から凄い速さで1匹の蒼色の妖精が飛んできた。
『シルトっ…やっとみつけたヨ!』
ナビィである。
「あれ、どうしたのナビィ?そんなに急いで。何か用なの?」
『あのネ、デクの樹サマがシルトのことをお呼びなの!だから今スグ一緒に来て!!』
有無を言わせない口調で言い終わるやいなや、くるっと向きを変えて猛スピードで来た方へと戻ってゆく。
「デクの樹サマが…?」
ナビィはデクの樹サマに仕える妖精。何かあったのだろうか。
「…とりあえず、急ぐっぽいからあたし行くね。先にご飯食べといてくれる?行こっ、ティラ」
『え…あ、うん!』
1人と1匹はナビィの後を追って走り出す。
その背中をソーマとラビは見送りながら声をかけた。
「後で何があったか教えろよー!?」
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/27 (Wed) 23:27:22
『デクの樹サマ!シルトを連れて来たヨ!』
シルトを達が森の奥に着くと、ナビィが代表して目の前の森の護り主の老木に声をかけた。
巨木、という言葉が当てはまらないほど大きな樹。
胴周りは人間数十人分に匹敵し、樹齢は恐らく四百年を超えているだろう。永い時を見つめてきた雰囲気が滲み出ている。
が、それは“普通”であればこそ。今日のデクの樹サマは、何かが違った。
「…何、この違和感…?」
シルトはそれを敏感に感じ取って身を震わせた。
ティラの方も同じように、その金色の瞳を訝しげに細めている。
「……おぉ…ナビィ、連れてきてくれたか…」
シルト達の疑問は、デクの樹が発した声の様子から、おのずと答えが知れた。
弱っている。
まさか。
この森ができた当初から生きてきたはずのこのデクの樹サマが。
ついこの前まではこんなに目に見えるほど弱ってはいなかったのに。
何故――…?
茫然と突っ立っているシルトの髪の毛を、ティラがそっと、しかし強めに引っ張った。
『シルト!ぼんやりしてないで、挨拶しないと…』
はっと我に返った彼女は、あわてて膝を折って、森の護り主である老木に対して敬意を示した。
「デクの樹サマ。あたしに何のご用でしょうか?」
「……シルトよ、近くに来てはくれぬか…?」
はい、と答えて、シルトはナビィが誘う場所まで歩いて行った。
近づくにつれ、デクの樹の様相が鮮明になる。
枝葉の先が枯れかけ、全体的に緑と茶色の混じり合った色合い。
正直、ここまで酷いとは思っておらず、シルト達は絶句してしばらく口がきけなかった。
「さて、シルトや……今日、わしがお前を呼び出したのは、大事な話があってのことじゃ…」
シルトは神妙にうなずいた。
長話になりそうと見て、ティラが彼女の肩におさまる。
「まず最初に、お前もうすうす気づいているとは思うが…シルト、お前は皆と同じ、コキリ族ではない」
ぴくっとシルトの体が反応する。彼女は一瞬だけ強く、両手を握りしめた。
「…分かっていました。あたしはみんなとは…全然違う」
ぽた、ぽた、と拳の上に涙が落ちた。
「小さい頃から、ずっと不思議だったんです。髪の色も、瞳の色も。みんな碧なのに、あたしだけ蒼。銀髪だって、あたしだけ。背が高くなるのも、耳が丸いのも…」
そう言って、シルトはうなだれた。
「あたしも“普通”が良かった。みんなは優しかったから何も差別されることなんてなかったけど、ずっと心細かったんです」
次々と吐き出される彼女の本音。
今のシルトの心中を痛いほどよく知るティラは、ただ自分の分身でもある少女に、そっと寄り添った。
『シルト…』
ナビィはうつむいた。自分も昔、これとよく似た光景を目にしたことがあった。
周りとは違う。そんな少年が、かつてこの森にいた。
成長したその少年は、やがてシルトと同じ様にデクの樹サマの前に呼び出されて、そして。
「お願いします、デクの樹サマ。あたしのことについて教えて下さい」
その言葉で、ナビィはふっと回想から現実に引き戻された。
シルトが真っ直ぐにデクの樹サマを見上げていた。迷いのない、綺麗に澄んだ瞳。
この瞳も、あの少年に似ていた。
「分かった……では語るとしよう…わしが知っていることを………ッ!!」
デクの樹サマの言葉が不自然に途切れる。
老木はげほげほと咳き込んだ。
その様子を見たナビィが慌てて飛び上がる。
『デクの樹サマっ…!体に障るヨ、無理しないで!!』
「いいや、構わん…。今こそ、シルト、お前が自身の事を知るとき…。そしてこの機会を逃がしてしまえば……」
デクの樹サマは一旦言葉を切り、ぶるりと身を大きく震わせた。
「これから語るのは、今から約16年前――…そう、シルト、お前が生まれてまだ間もない頃――」
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/28 (Thu) 22:14:39
小道を駆け抜ける一組の男女がいた。どちらも銀の髪を翻し、その瞳は蒼色。
女の方は、腕に大事そうに小さな赤ん坊を抱いている。
しばらくの間2人は並走していたが、次第に女の方が遅れ始めた。
男が立ち止まって女を支える。
「大丈夫か…?少し休んだ方がいい」
女はきっぱりと首を横に振った。
「いいえ、私は大丈夫。心配しないで。今はわずかな時間でも前に進まなきゃ。でないと、あいつらに見つかってしまう」
ガサッ!
彼女の言葉を聞いていたかのように、背後に黒い化け物が数体躍り出た。
2人の姿を認めてシャ―とこすれるような音を発する。
「…ッ!見つかった…!!」
男が女を後ろ手に庇う。
「ボクがここであいつらを食い止めるから…!先に行け!!」
女は弾かれたように男の方へ顔を向けた。
「だめっ…!それじゃあなたが…!!」
「大丈夫だ、後で必ず追いつくよ…。必ず、ね」
男が強く女を突き飛ばした。よろめく女。
一歩、二歩とさがって、それから意を決したかのようにだっと走り出す。
突然の女の逃走に化け物たちは殺気立った。
追いかけようとする、その行く手を、抜き身の剣が遮った。
男が剣を構え、静かに言い放つ。
「ここを通って彼女のところに行きたいのなら、ボクを倒してからにしてもらおうか、化け物ども。この道は死守させてもらう。さあ…かかってこい!!」
化け物たちが次々に雄叫びをあげた。そして男に襲いかかる………
女はふたたび後ろも見ずに疾走していた。心の中では夫の無事を祈って。
すると突然。
『止まれ!!』
頭に直接響く声がしたかと思うと、彼女の足は凍りついたかのようにぴたっと止まってしまった。
『ここまで自力で入れるとは…。貴女にはこの森の一族と祖先を同じくする血が流れているとお見受けする』
しわがれていて、暖かみのある声。女にはすぐに合点がいった。
「はい。南端の森に住む、レナス族の者でございます。あなた様はデクの樹サマ、ですね」
『いかにも』
「お願いがございます。私は一族の代表として参りました。この子どものことです」
女はそう言って赤ん坊を覆っていた布をそっと取った。あどけない寝顔が露わになる。
『その子ども…光の波動を発しておるの…?』
「はい。“印”を持った子です。この子を、この森に置いては貰えないでしょうか」
『………』
森の主の老木はしばし黙った。
すると背後から、
キシャ―…!!
紛れもない、先ほど出くわした化け物の耳障りな声が聞こえてきた。
その瞬間、女の顔がさっと青ざめる。
ぬっと、化け物たちが姿を現した。先ほどより2、3匹減ってはいるが、それでも数が多い。
しかも、戦っていたはずの男の姿が、どこにも、無い。
「そんな…うそ…」
蒼白になった女の唇から乾いた声が零れる。
化け物どもは鳴き声を発しながらじりじりと距離を詰めてくる。
『なんと…“影”が早くもこの子に刺客を差し向けたのか…。これは、いかん』
ぼこ、と女の周りの地面が持ち上がった。
『伏せておれっ!!』
その声と共に、地中から目にも止まらぬ速さで伸びた太い木の根が化け物どもを一瞬にして刺し貫く。
化け物たちは、パンッ、という小さな破裂音を立てて、跡形もなく消えた。
デクの樹サマの言葉に従って身を縮めていた女は、赤ん坊の無事を確認してから立ちあがった。
「ありがとう、ございます…」
『事情は良く分かった。ここでは危険じゃ。中へ入りなさい』
女の前の空間、いや、結界にひと1人が通れるくらいの亀裂が入った。
女は悲しそうな瞳で来た道を振り返った。
しかし小さく頭を振ると、赤ん坊を抱き直して中へと入っていった―――――
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/08/29 (Fri) 21:32:38
「……もう分かってはいるとは思うが、男女がお前の両親、赤ん坊がお前じゃ、シルト」
「お父さんと、お母さん…」
シルトが不思議な言葉を言うように呟いた。
それもそのはずだろう。今まで彼女にはそんな存在がいなかったのだから。
「残念なことに、ここへ来て1週間後、お前の母親も亡くなってしもうた…。怪我が酷くてな。どうやら来るまでの道のりで追手にやられた傷から病にかかったらしい」
「両親の事については分かりました。では何故あたしはここに預けられたのですか?」
「その理由が元々の発端であり、最も重要な話じゃ、シルトよ」
デクの樹サマは少し回りくどい言い方をした。
「お前の右手の甲には何故あざがあるのか…誰かから教えて貰ったことはあるか?」
そう。彼女の右手には物心ついたときからある、あざがある。
「いいえ。…理由でもあるんですか?」
薄いくせに意外と目立つ。ぼやけて形もろくに分からないこのあざを昔の彼女はひどく気にしていて、一時は何とかして消そうとやっきになってこすったこともあった。
当然取れるはずもなく、幾条もの引っ掻き傷を負うはめになったのだが。
余談ではあるが、それはしばらくひりひりと痛んだ上、彼女自身は不必要な怪我をしたことを、母親代わりの少女にこってりと絞られた。
「それはな…お前が他者とは違う“証”じゃ」
老木はわざと彼女の気に障る言い方をした。予想通り、シルトの肩がぴく、と動く。
「今一度、良く見てみるのじゃ。それはどんな形をしておる?」
言われて、眉根を寄せながらシルトは手の甲を注視した。ティラも一緒になって真剣な顔で手元を覗きこむ。
最初に気づいたのはティラの方だった。
『え、これ…もしかして……“トライフォース”じゃない?』
「トライ、フォース…?」
『うん、そうだよこれ、間違いない!忘れちゃったのシルト?小さい頃この神話の絵本、よく読んでもらったじゃん!!』
ほわん。
シルトは目を見張った。あざが燐光に包まれていたのだ。
薄かったその色が濃くなり、本来の形をはっきりと描き出す。
黄金に輝く聖三角。
「思い出した…この形……」
スウッと光が引いた。あざは濃いまま残り、もはや誰が見てもそれと分かるほどになっていた。
「目覚めたか…“勇者”として…」
ナビィがシルトの腕に舞い降りた。
『間違いないヨ、リンクにあったのと同じ…』
「あたしが…勇者…?何で?…どうして?」
『それ、時の勇者も最初は同じことを言ってたヨ…』
ナビィが口を挟んだ。
「あの子――ううん、リンクも戸惑ってたヨ。何で自分が?って。でも、リンクは運命だったとはいえ、自分の意志で旅に出て…。そしてその先はシルトも知ってるよネ?」
時の勇者――リンクの旅の傍らにいた存在であったナビィは、彼のことを誰よりもよく知っていた。
大魔王を封印し、世界を救った英雄となった少年とともに冒険した時の記憶は、永い時が経った今でも彼女にとってかけがえのないものであり、誇りでもあった。
『最初から選ばれた存在だと知ってた勇者なんていないの。あなたもそうだヨ、シルト』
その言葉で、ストンと胸の奥で腑に落ちたような、今までモヤモヤしていたモノがなくなった、そんな感じがした。
目を閉じて、胸に手を当ててみる。
そうか、きっと時の勇者も旅立ちの前はこんな気持ちだったんだろうな――――
――ぱさり
シルトの頭の上に何かが落ちた。
ティラが首を伸ばして取る。
『ねえっ、シルトこれ見て…!』
「なに?」
シルトはティラから差し出されたモノを受け取ろうとしたが、触れる瞬間、静電気にあったかのように素早く手を引っ込めた。
「何よコレっ…!?痛くて触れない!!」
ひりひりする指をさすりながら、ティラのくわえているモノを覗き込む。
それは一枚のデクの樹の葉だった。
しかしシルトの目を引き付けたのは、その葉を端からじわじわと侵食しているモノ。
それはゆっくりと葉を蝕んでいき、やがて全体を覆い尽くすときには、緑色だったはずの葉は、茶色い枯葉となっていた。
「…何でティラこれくわえてられるのよ?」
シルトはこれが邪悪な魔法によるものだと感じ取っていた。自身も同じく魔法を操るものとして。
ティラは首をかしげ、枯葉をぷっと捨てた。
『知らない』
「それはワシを前々から蝕んでいるモノじゃ……」
シルトは顔を上げた。今まで気づかなかったが、ちらほらと命を失った枯葉が風に乗って地面に落ちている。
「ワシの命は残り少ない…お前に今まさにこの世界を襲いつつある危機について話さねばならん」
「…危機?ハイラルは時の勇者によって平和が保たれたんじゃなかったんですか?」
「新たなる邪悪が台頭しつつあるのじゃ…そしてそれは徐々にハイラル全土を覆い続けておる…。この森も、ゆくゆくは…」
『そんなこと…!ここが取り込まれてしまったら…!!』
「そうじゃ…ハイラルは闇の手に落ちてしまうじゃろう…。ここは“聖域”…光の世界の礎たる場所…。闇に染まればもはや太刀打ちはできん…。そしてこれを阻止できるのは、シルト…“勇者”であるお前しかいないのじゃ…」
「そんな……」
シルトは両肩に突然重い荷物が落ちてきたような錯覚に陥った。
「いきなり…いくら何でも重すぎます…無理ですよ?あたしが少し魔法を使えるからって…」
「……何としてでも…やってもらわねばならん」
「そんなっ…!殺生な…!!」
「あたしからも頼むわ」
不意に、デクの樹とシルトとの言い合いに、第三者の声が割って入った。
ばっと振り向くと、そこに立っていたのはコキリ族の少女。
「サリア…様っ!?」
シルトの背筋が自然と伸びる。
サリアはデクの樹サマの巫女であり、“七賢者”のうちの1人、“森の賢者”なのだ。
「様、なんて…冗談でもよしてよシルト」
「で、ですけど…」
「敬語もだーめ。あたしがいいって言ってるからいいの。ね、シルト…あたし、絶対あなたにはできるって信じてる」
サリアは幼い顔に大人びた決然とした表情を浮かべて、“賢者”としては思いもよらない行動に出た。
なんと、地面に膝をつき、頭を垂れたのだ。
普通、一般民とは一線を画す“賢者”たる者、軽々しく人に頭を下げるなどあってはならない。
「この通り…お願い」
シルトはほぼ泣きそうな表情で目の前のサリアを数秒間見つめていたが、やがてうつむいた。
膝に置かれた手が、きつく、きつく握りしめられている。
沈黙の時間がしばらく続いたのち、ようやくシルトは顔を上げた。
「デクの樹サマ…サリア。あたし、引き受けます」
まだ泣き顔のままだったが、はっきりとシルトは宣言した。
サリアは破願した。
「ありがとう…ありがとう、シルト」
「よう言うた。では…わしらはお前たちをできる限りサポートする上で、授けるものがある…。ナビィ」
はい、と答えてナビィはどこかへ飛び去ってゆく。しばらくして、新たに2匹の妖精とともに戻ってきた。
彼らもナビィと同じくデクの樹サマに仕える姉弟で、白い方をチャット、紫の方をトレイルという。
サリアは3匹の妖精が持ってきたモノを受け取り、シルトの方に差し出した。
「シルト、貴女に力を授けましょう」
彼女の手のひらの上に載っているのは、3色の水晶の結晶。左から、朱、碧、蒼。
「これは…?」
水晶はどれもがどれも、凄い魔力を放っていた。
取ろうか取らまいか迷っているシルトの手を、サリアは無理やり開き、それらを握らせる。
「これは時の勇者がかつて女神様たちから授かった魔力よ。朱が“ディンの炎”、碧が“フロルの風”、蒼が“ネールの愛”」
シルトは目を見開いた。
力の女神ディン、勇気の女神フロル、知恵の女神ネールといえば、ハイラルでは知らぬ人はいない。
この世界を創った、三律神たちなのである。
恐る恐る手を開いてみる。が、しかし。
「え、あ、あれっ!?ない!!」
握っていたはずの水晶が跡形もなく消え去っていた。
「大丈夫よ。貴女の中に取り込まれただけだから」
「あっ、そうだったの?良かったー…。てっきり失くしたかと思って…」
『まったく、シルトったら慌て者なんだから』
苦笑する相棒を小突くティラ。
『でも、よかったじゃん。これで少しは安心、だよね?』
「うん」
シルトは自分の中に宿った新たな力を確かめるように手を開いたり閉じたりしていたが、少し自信が戻ったように笑みを浮かべた。
「…さっ、重苦しい話はこれくらいね。長いことごめんね?ご飯まだでしょ。食べに行こっ?」
サリアが雰囲気を変えるように明るい声を出した。
「えっ、あ、うん」
サリアに手を取られて、促されるまま歩き始めたシルトだったが、ふとその足が止まる。
「そういえばデクの樹サマ。あたしがした、“どうしてあたしがこの森にいるのか”って質問、まだ答えて貰ってませんよね?」
デクの樹はぎくりと身を強ばらせた。
なんと、覚えていたのか。
「あぁ…それは悪いがの、わしも良く知らないのじゃ…」
「……そうなんですか?まあ、ならいいです」
あっさりと引き下がるシルト。
そして向きを変えて、サリアと共に歩き去っていった。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/01 (Mon) 23:29:01
第3話:勇者の旅立ち<蒼>下
その姿が見えなくなって初めて、デクの樹は大きなため息をついた。
『……絶対、ウソついてるってバレてたよネ?』
ナビィが控えめに言う。
「…じゃろうな。わしが自分で話すと言うたくせにのぅ」
自嘲気味になるデクの樹の言葉。
「今、一気に色んな事を言うてもだめじゃろうて。あの質問の答えは、あの時知るべきではなかった…。これから先、あの子が自分で見つけて行かねばならん…」
一旦言葉を切る。小さく身を震わすと、舞い落ちる木の葉の数が増えた。
「ナビィよ…。“先代”と同じ呪いにかかり、死んでゆくこのわしを不甲斐ないと思うか…?同じことを繰り返しているだけだと嘆くか…?」
小さな妖精は即答した。
『ううん、全然そんなことは思ってないヨ』
恐らく、サリアに訊いても同じ答えが返ってきただろう。
「ありがとうナビィ……」
「なー、聞いてるかシルト?ティラ?」
ここはコキリの森の食堂。
がつがつとご飯を掻っこむシルトの両脇に、ソーマとラビは陣取っている。
サリアとは、食堂の前で一旦別れた。ご飯が終わって準備が整ったら、あたしのところまで来てね、と言われている。
食べるのに専念していて全く答えないシルトに、2人はいささか不満げだ。
「ナビィと一緒に行ったと思ったらチャットやトレイルも行くしさ、帰ってくる時はサリアと一緒って、やっぱ大事な話あったんだろー?」
不意にシルトが顔を上げた。覗きこんでいたソーマと目が合う。
何かと思ったら、
「おかわり!!」
ご飯の要求だった。
勢いよく差し出された茶碗を渋々受け取るソーマ。
おかわりを待っている間に、ここぞとばかりラビが矢継ぎ早に質問を重ねる。
「なあシルト、約束しただろ?何の話だったのか、何でサリアやナビィ達も呼ばれたのか、何でこんな時間がかかったのか答えろよ?」
シルトに代わって、ティラが口を開いた。
『うーん…話してもいいのかな…?デクの樹サマには何も言われなかったけど…。でも話すとなると長くなりそうだし…』
「そんなんいくらでも時間かかってもいいからさぁ!!おれ達口固いし、心配すんなって!!」
口の中に沢山ご飯を詰め込んだまま様子を見ていたシルトが、会話に割って入ろうとする。
しかしその気配を敏感に察したソーマが、彼女の頭をべしっとはたいた。
「シルト、お行儀!!口に物が入ってる時に話しちゃだめだろ!!」
むう、と眉根にしわを寄せたシルトは、言われたとおりにまずはご飯を飲み込んだ。
「だめだよ。あたし達の口からは言えない。…今はね」
ごちそうさま、と空の食器を前に、丁寧に手を合わせてからシルトは立ち上がった。
「ごめん、2人とも。約束破ることになっちゃって。いつか、話せる時が来たら、話すからさ」
ティラがその肩にちょん、と乗る。
2人は食堂を出ていく、その姿を追おうとしたが、最後に真っ直ぐにこちらに向けられた彼女の瞳に足が止まった。
――だから、今は何も言わないで――
ソーマとラビは、その場に立ち尽くし、彼女の背中を見送るしかできなかった。
「さて、と。腹ごしらえもしたことだし、サリアの元へ行きますか!!」
『うんっ!』
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/01 (Mon) 23:33:00
今まではこの森の中がずっと、自分にとっての“世界”の全てで、“外の世界”があるなんて考えたこともなかった。
しかし今初めて、その未知なる世界にシルト達は立っている。
「うっわあああ~っ!広い!!」
『凄いよ!ほら、大地があんなに向こうまで…!!』
コキリの森を出、そこを隠す崖の上から平原を望んだ2人は、その雄大さに胸を打たれた。
彼女らをここまで導いてきたサリアは、険しい顔で地平線の彼方を指さした。
「2人とも…ホラあれ、見える?」
彼女の指す方向を良く見てみると、そこだけ遠くの空が濁った黄色をしていた。
「負の波動を感じる…。邪悪な魔力の塊だね、あれ」
シルトは眉をひそめた。高まった魔力のお陰で、感覚が鋭くなっている。
「そう。あれが新たな影、“トワイライト”。今はまだあんなところにあるけれど、遅かれ早かれこっちに来るはずよ」
サリアはシルトに向き直った。
「あたしが案内できるのはここまで。ここからはあなた達だけの戦いになるわ。あたしは戻ってデクの樹サマを助け、結界の補強を図る」
彼女が指を鳴らすと、つむじ風が巻き起こった。
「どうか頑張って、シルト」
その声を残して、サリアの姿は消えた。
『さて、どうするシルト?こっちから行く?』
ティラの視線の先には、豆粒ほどの小ささのトワイライト。
それが、蒼い空に広がるシミのように、徐々にこちらへと広がって来ていた。
「いや、大事な戦いの前だし、無駄な体力は使いたくない。それに、じっとしててもあっちの方から来てくれるみたいだしね!!」
『…そう言うと思った!!』
1人と1匹がそんな会話をしている間に、黄色いシミは急速に空を侵食し、光の世界とトワイライトとの境目がはっきりと視認できるまでに迫って来た。
シルトが不敵に笑ってぱん、と柏手を打つ。
「よっしゃ、一丁やりますか!ティラ、サポートは任せたわよ!」
『ラジャッ!!』
彼女の身体から魔力がオーラとなって立ち昇る。
さてとまずは。
「知恵の女神…ネール!!」
シルトが高らかに唱えると、彼女を取り巻く魔力の色が変化した。今までの無色透明から、術者自身の瞳の色と同じ、蒼色へ。
「我が想いの強さ、眼前の敵に立ちはだかれ、“ガディーラ”!!」
呪文に応じて、シルト達の周りに不可視の防御膜が形成された。
自身の安全を確保した後、彼女の意識は攻撃へと切り替わる。すなわち、“力の女神ディン”へ。
「冥府の果てより舞い戻りし愚者よ、世の理を破りし天罰をその身に受けよ!“ウィザイヤ”!!」
明るいオレンジ色の炎がトワイライトの侵食を遮るように燃え上がった。
すべてを焼き尽くす業火の紅蓮とは違い、この炎はすべてを浄化し、元ある姿に還す。
聖なる炎に舐められ、黄色い壁の動きが鈍る。
『もうひと押し!』
「まっかせといて!!」
チャンスと見て、シルトは更に魔法を重ねた。
「荒れ狂え、逃げ惑え、“シルフィ”!!」
“フロルの風”が、炎の威力を格段に押し上げ、天をも焦がす勢いで燃え盛った。
まるで生き物のように火が地を走り、オレンジが黄色を包み込んでじりじりと後ろへと追いやる。
(――いける!!)
シルトが口元に勝利の笑みを浮かべた時。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/02 (Tue) 21:46:55
パァンッ……
突如、優勢を誇っていたはずのオレンジ色が、乾いた破裂音を立てて、一瞬で掻き消えた。
目の前に残ったのは、禍々しいまでに濁った黄色。
『うそだ……』
攻撃を始める前と全く変わらずそそり立つ壁を目にして呆然とティラは呟く。
「くっ……!まだまだぁっ!!」
再び炎の波が壁を包み込む。が、今度は数秒も経たないうちに同じ様に消えてしまった。
(――――哀れな者よ…)
何処からか、吐息混じりの男の声が響く。
そして、壁は何ともなかったかのように侵食を始めた。
「うっ………!!」
シルトの体中が総毛立った。
壁から発されている邪悪に満ちた魔力、その圧力に彼女の身体が本能的に反応したのだ。
唐突にシルトは悟った。
勝てる訳がない。こんなに膨大で強力な魔力に。
だったら…。だったらせめて…!!
「森だけでも…ッ!!」
そう思って後ろを振り向き、ネールの防御魔法を唱えようとする。
だが、時すでに遅し。
「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」
彼女達はトワイライトの中に呑み込まれた。
その途端、身体から力が抜ける感覚。
「くっ……。これ…魔力を吸い取る、の…?」
周りの景色がセピア色と化した中で、シルトは必死に魔法を発動させようと粘っていた。
しかし地面から湧き出す黒い雲が防御膜にとりつき、力を奪う。
慣れない魔法を使ったせいで、彼女の体力は限界に近い。
とうとう膜が魔力切れで崩壊した。
カシャーン……!!!
地面に倒れ込んだシルトの頭の中に、自身のそれとは違う、ガラスが割れて砕けたかのような鋭い音が響き渡る。
「ま、さかッ……!!」
コキリの森の結界が壊れたのか。
それはすなわち、デクの樹サマの死を意味する。
動かぬ体で、這いずるようにして崖の縁へ行き、下を覗きこむ。
「ああ………」
無情にも、下に広がっていたのは、緑色ではなく、変わり果てたセピア色の森だった。
シルトの身体に黒雲がとりつく。と、みるみるうちに姿が変化し、やがてそこには1匹のケモノが残された。
生気の無い蒼い瞳にセピア色を映したまま、ケモノはぴくりとも動かない。
その背後に立つ人影――
「なぁーんだ、もう陥落しちまったのか。あっけねぇ~」
ケモノの瞳に微かな光が灯った。熾火のようにちろちろと燃えるそれは、怒りの炎。
「誰よ…!!」
唸りながら後ろを振り返ると、そこにいたのは茶色いマントにフードの人物。
「あぁ?何だ、お前まだ息があったのか。死にぞこないは黙って見てろよ」
「うるさいッ…!!これ、やったのはあんた…!?」
ハッ、とフードの下からわずかに見える口元が、歪んだ笑みを作った。
「だとしたらどうしたぁ?仇でもとってやるってか?――そんなザマで?」
「…それの何がおかしいのよ……!?」
途端、相手の声が氷のように冷ややかになった。
「世迷い事ぬかしてんじゃねーよ、バーカ。弱いくせによぉ。
無駄死にするだけだっつの。そんなに死にたいんだったら……」
ぐいっとブーツの先がケモノの身体を押し出した。
「今殺してやるよ」
後足がぶらんと宙をかく。
落ちる、とそう思った時、自分を押す力が消えた。
「――ま、無抵抗の奴を殺すなんて後味悪いんでやんねぇけど。オレを恨むのはお門違いってモンだぜぇ?オレはただの見届け係で実際やったのは別の奴」
「なん…だって?」
「恨むんなら“陛下”かザントの奴を恨めよな」
「くそっ……!!」
目の前の茶色が霞んできた。
――ヤバい。
「くそおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
歯を食いしばり、目を怒りにぎらつかせて、やっとこさシルトは立ち上がった。
くやしいが、攻撃のための体力も、自分の足で逃げ切れるだけの自信と持久力も、今のシルトには残っていない。
出発前にサリアからそっと渡された、“もう1つの宝玉”と、その言葉――――
――万が一の時は、シルト、貴女だけでも…――
残っている魔力をかき集めても、ぎりぎり足りるかどうか。
心を決めて、シルトは震える息を吸った。
首から下がっているはずの小袋の中に入っている翡翠の玉を思い描きながら。
「我が心を遥かあの地へ…遠き風の息吹と共に……“ディメンション”…」
緑色の光が弱々しく明滅し、辺りを照らした。
光源の袋の中では、翡翠に小さく刻まれた文字が浮かび上がっていた。“ハイラル城”と。
バサ、とケモノの背に光翼が生じた。
瞬く間にその身を包みこみ、光球となって空の彼方へ運び去っていく。
ぎりぎりまで力を使い果たしたシルトはすでに気を失っていたが、意識が飛ぶ前まで彼女はただ1つのことだけを念じていた。
――“ゼルダ姫”の元へ、と。
それを見送りながらフードの人物はぽつり、と呟いた。
「あーあっと…。トンズラこきやがったよあいつ…。どこにそんな力隠してたんだか…」
くるっと、何の感慨もなく森に背を向ける。
「しかしまあ…驚いたな。アレもまさか“勇者”なのか…?」
がりがりとフードの上から髪を掻く。
「――ま、とりあえずは“陛下”に報告、かな」
光の礎、コキリの森、堕ちる――――
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/03 (Wed) 22:36:22
第4話:囚われの勇者
――ここは、どこだろう……
石の壁…狭い部屋……
オレは…オレはどうなったんだ…?
あれは…鉄格子…?閉じ込められたのか…?
……ん?人影?誰かいるのか…?
どうしてこんなとこ「起きろアホ犬!!」
バシイッ、と背中に強烈な衝撃が走ってリンクは突然覚醒した。
「ギャンッ!!」
思わず飛び上がったリンクは、自分の発した声に驚いた。
(オレ今「ギャン」って言った…!?)
ぐいっと“左手”が引っ張られる。
「ぐえっ」
重力の法則に従って、リンクは顔面からもろに地面に落ちた。
よろよろと立ち上がりながら自分の“手”を見る。
「ケモノの前足…!これがオレなのか…!?」
じゃら、と左前足にはめられた鎖が音を立てる。
どうやら簡単には逃げさせてはくれないようだ。
「よぉ、ずいぶんと遅いお目覚めだねぇ?」
はっ、とリンクは身構えた。
「誰だ!!」
「おや、誰だとはご挨拶」
リンクのいる牢屋の隅――そこに声の主は浮かんでいた。
その小柄な体躯に全く似合わない、大ぶりの無骨な仮面で顔の半分以上を覆っている奇妙ないでたち。
大きな紅い瞳がこちらを向いた。
「とりあえず、初めまして、どうぞよろしく、とでも言っておこうかねぇ?ワタシの名はミドナ。お前は……」
そこまで言って、ミドナはリンクの警戒心露わな様子を見てにやっと笑った。
「おやおや…そこまでされると心外だねぇ…。あーあっ、せっかくお前にい~い話を持って来てやったっていうのにね~」
「何!?」
リンクは油断なく唸りながら訊いた。
「お前をここから出してやる」
彼女の姿がパッと消え、リンクの鼻先に姿を現した。
「たーだーし、その後はワタシの願いを聞く、その条件付きでねぇ?」
鼻をパシンとはたく。
リンクは唸って噛みつこうとした。ひらりとかわされる。
「アハハハッ」
ミドナは鉄格子の前に降り立つと、狭い隙間からするりと向こう側へ抜け出した。
「ほーら、さっさと出て来な。鎖外してやるから」
彼女がつい、とリンクの左足を指さすと、乾いた音を立てて鎖は根元から千切れた。
「お前に拒否権は無いよ~?」
リンクは少し考えてから立ち上がった。
確かにミドナの言うとおり、彼女に助けて貰わなければ、自分1人(今は1匹か?)で脱出する術はなさそうだ。
どんな願い事をされるのか想像もつかないが、それは我慢するしかないだろう。
ゆっくりと鉄格子に近づく。
変な感じだ。四本足で違和感なく歩いていることにまだ馴染まない。
調べてみると、格子は頑丈にできており、簡単には壊れそうにもないことが分かった。
しかし幸いなことに、足元は地面だ。
湿気を吸って柔らかくなっている土を掘り返し、ケモノそのものの動作で、穴を掘って腹ばいで隙間をくぐりぬける。
身体を震わせて土埃を辺りにまき散らした後、ミドナがいた方向を見上げたが。
――いない!?
「クククッ」
姿は見えないが、笑い声だけがあちこちの壁に反射して聞こえる。
(どこにいるんだ?)
キョロキョロしているリンクの背中に突然、
ドスッ!
重いモノが降って来た。
「ハウッ!」
思わず変な声が漏れる。もちろん犯人はミドナ。
「な、何すんだよいきなり!!」
ドタバタと暴れまわるリンクを「よーしよしよし」とミドナはまるで馬を相手にしているかのようにおさえる。
“伏せ”の体勢になったリンクの耳を彼女は引っ張って口を寄せた。
「いいか…今からはワタシがお前のご主人様だ。ちゃんとワタシの言うことには従えよ?…分かったな?」
不承不承リンクが唸ると、ミドナは耳を離した。
「…1つ条件の追加がある」
「おや、何だい?優しいワタシは聞いてやらないこともないよ?」
「オレをここから出したら、元居た場所に戻してくれ」
「何だ、そんなことかい。それならオプションでつけてもいいよ」
“主人”の了解を取り付けてから、リンクはたっと走り出した。
「そういやお前の名前聞いたっけ?」
「リンクだ」
リンク達は水の枯れかけた水路を走っていた。
「言っとくけどな、オレはお前の下僕になるつもりなんてさらさらないから」
「ふうん…。ワタシがいなかったら牢屋からすら出られなかったくせにかい?」
「うっ…」
それはもっともだ。
「そのことには感謝してるけど、オレをわざわざあそこから出したお前のかんが「しっ」
不意にミドナがリンクの首元の毛を引っ掴んで急停止させた。
軽く涙目になってリンクは小声で抗議する。
「痛い…」
「しっ、黙ってな」
彼女に従って口をつぐんでしばらく待っていると、しゃっ、しゃっという物音が聞こえてきた。
それも1つだけではなく、複数の気配がする。
そっと物陰から覗いてみると、申し訳程度に溜まっている水面の近くに“何か”が数匹、蠢いていた。
「影の水蜘蛛――ふん、ザコか。けど、見つかると面倒だな…」
そう呟きながら、ミドナは何気なく背後に目をやった。途端、その顔が引きつる。
「お、おいリンク、後ろ」
「ん?」
何かいたのか、と言ってリンクも振り返る。
そこには、進行方向にいるのと同じ蜘蛛の群れだった。異様な数に、地面が真っ黒く染まって見える。
リンクの毛がぞわりと逆立つ。
故郷の村でも子蜘蛛の群れなどは見たことがあったが、この大きさだと流石に気味が悪い。
硬直しているリンクに向かって、蜘蛛達が一斉に飛びかかってきた。
「おい、何固まっているんだよ!避けろ!!」
その言葉に、はっと我に返ったリンクは弾かれたように身を翻した。
「水路の奥に、螺旋階段があるはずだから、そこまで逃げるんだよ!!」
ばちゃばちゃと水に足を取られ、蜘蛛を蹴散らしながらもリンクは無我夢中で突き進んで行った。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/03 (Wed) 22:40:29
「ちょ…!!もう無理、少し休ませてくれよ、頼む」
やっとのことで蜘蛛の群れをまき、螺旋階段のてっぺんに到着すると同時にリンクは舌を出してその場にへたり込んだ。
「何だい、もうちょっと踏ん張りなよ、男だろ?」
「…じゃあ次からは自分の足で走ってみろ…!!」
「それは遠慮しとくよ」
涼しい顔で言ってのけて、ミドナはふわりと浮き上がって、周囲の物音に耳をすませたり、汚れのついた窓ガラスを覗いて外の様子を窺ったりし始めた。
「…こりゃあ、少し急いだ方がいいかもねぇ。ちょいとお前が下で騒ぎを起こし過ぎたから、警備が厳しくなるかもしれない」
「誰かに追われてるのか?」
声に出してそう言いつつ、心の中でしっかりとお前も共犯だろというツッコミをいれながら尋ねる。
「とんだおとぼけじゃないか。お前にも関係があるってこと、忘れてないかい?ここではお前は脱獄犯なんだよ?」
「その前にオレが牢屋に入れられた理由が訊きたいけどな」
その問いにミドナは肩をすくめた。そして再びリンクの背に乗っかって、脇腹をぽんぽんと軽くたたく。
「そんだけ喋れたら元気になってるな。ホラ、さっさと行くぞ、進めーっ!!」
まだ休ませてくれ、とリンクは不満の声をあげたが、今度は本気で同じところを蹴られたので渋々走り出す。
「そういやリンク、お前ここがどこだか分かってるのかい?」
「……何となくは、な」
「へえ…。バカじゃあないんだな」
「うっさいな、一言余計だぞ。今度言ったら落とす」
そんな低レベルな言い争いをしているうちに、2人は屋根の上に出た。
「おら、外に出たぞ。約束だ、さっさと戻せ」
ぶっきらぼうなリンクの言葉を聞いて、ミドナはにやっと笑う。
「まぁまぁ…そう焦るなって。ちょっとくらい寄り道してもいいだろ?お前に会わせたい奴がいるんだよ」
「会わせたい奴…?」
リンクの瞳がすうっと細くなった。一瞬考え込むような風情を見せて、
「分かった、行こう。何処にいるんだ?」
あっさりと首を縦に振った。
ミドナが眼前にそびえる塔の一端を指さし、軽く言う。
「あそこさ」
何気なしにその方向を見やって、リンクは目を剥いた。
「はっ!?ちょっ…!!あそこってお前…明らかに周りに何かがたくさん飛んでるじゃないか!!」
遠目にも、黒い点のように見える“何か”がうじゃうじゃいるのが分かる。
「まあ、当然だろうね。あいつら、“影の怪鳥”の役目は監視すること。あの塔を見張るのがあいつらの仕事なのさ」
ミドナは声をひそめた。
「この下の屋根沿いに行ったところに、小さく空いている隙間が見えるかい?そこに入れればもうこっちのモンさ。当然、あいつらは襲ってくるだろうが、なに、無理して立ち向かうことはないよ。お前はただ、ちゃんと着くことだけを考えとけばいいのさ」
下を見る。かなりの高さだ。落ちたらまず命は無い。
「…死なないようにはしてくれるんだろうな?お前の道草ごときでオレは死にたくはないぞ」
「安心しな、情けで骨くらいは拾ってやるよ」
「フン、どうだかな」
ひらりと屋根に飛び移る。斜めの足場を駆け上がっていくと、すぐに背後や頭上からバサバサッという羽ばたき音と、威嚇音だろうか、壊れた機械のような鳴き声が近づいてきた。
無視して走り続けるが、そのうち黒いモノが視界の隅にちらつくようになった。
(あと少し――!!)
怪鳥達の鋭い爪が競ってリンクへと伸びる。
間一髪のところでリンクが壁の隙間に飛びこむのと、ミドナが鳥達の視界を塞ぐように幾何学的模様を描いたのはほぼ同時だった。
リンクはケモノ特有のしなやかさを活かして音もなく石の床に着地した。
短く唸って振り返り、鳥達が迫って来ていないことに困惑を覚える。
「あいつらのスト―キングならお断り願ったよ。ちょっと目くらましをかけて…ね。ワタシもあいつらに見つかったらちょっとめんどくさいんでねぇ」
なるほど、外ではまだ微かにリンク達を探す怪鳥共の鳴き声が交わされている。
「さ、行こうか。奴さんは上だよ」
階段を上ると、扉があった。少し開いているようだ。
ミドナに促され、するりと中へ入り込む。
入った部屋はぱっと見たところ、主が不在のように見えた。
しかしリンクの鋭敏な嗅覚は、人がいることを嗅ぎつける。
そして大きな窓の傍に、こちらに背を向けて立つ人物を見つけた。
ふと、相手がこちらの存在に気づいたらしく、ゆっくりと振り返った。
灰色のフード付きマント。顔は口元しか見えず、人相が判別できない。
その人が、ミドナの姿を認めてはっと息をのんだ。
「…ミドナ、ですか?」
柔らかく澄んだ綺麗な声。そのことから、この人は女性であると判断できた。
「…あぁ、久しぶりだね、姫さん」
姫と呼ばれた女性はこちらに来、しゃがんでリンクと目線を合わせた。
「こちらは…?」
まるで自分に問いかけるように呟きながら、片手をリンクの前にかざし、ゆっくりと横に動かす。
「…ああ、やっぱり…。貴方が“勇者”リンクですね?」
勇者?オレが“勇者”?
いきなり告げられた自分の名の前の二つ名に慄きながらも、リンクはあいまいに頷いた。
「確かにオレの名前はリンクですけど…。あの、失礼ですが、貴女は“ゼルダ姫”、ここは大分変わってしまってますけど『ハイラル城』で合ってますよね?」
姫の動きが止まった。少しうつむく。
「ミドナ…。貴女が教えたのですか?」
「いいや、ワタシは何もしていないよ。全部こいつの推測さ」
「……いいでしょう。貴方にはバレているようですね、リンク…。そうなのです、ここは王都『ハイラル城』。そして私は」
フードに手がかかり、一気に外される。その中から零れる金髪と、端正な顔立ち――
「この国の王女、ゼルダ」
「やっぱり…。何となくそう思ったんです。理由は上手く言葉にできないんですけども……」
「はい…。私もずっと待っていました。“貴方がた”が来るのを」
かすか、ぴりっとした感触が空気中を走ったのをリンクは感じた。
ゼルダも感じたらしく、顔を上げて辺りを見ている。
「……来ましたね。私の“もう1人の待ち人”が」
彼女が誰もいない空間に視線を走らせる。
ぽつん、とそこに緑色の光点が生じた。
それは回転しながらだんだんと大きくなっていき、やがて何かのシルエットを描き出した。
光が羽根となって完全に空気中に消えたとき――
「お、おい…何なんだいこりゃ…」
床にぐったりと横たわっていたのは、リンクとただ毛並みの色が違うだけの銀灰色のケモノ、だった。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 雪華
2014/09/04 (Thu) 13:39:17
初めまして!
貴方様の小説ずっと読んでましたが、今日までコメント出来なかったのは・・・数か月に一度しか更新できなかったんです。
・・・言い訳になりますけど。
私も、掲示板の荒らしが溢れるに溢れ返って、いつ自分のスレが消えるのかビクビクしておりました。
たった一人で活動してる時、貴方方が掲示板で再活動してくださり・・・。
こんなに嬉しい事はありません。
何とか、私も連載完結に持っていきますのでよろしくお願いします。
では、意味不明極まりないので失礼します。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/09 (Tue) 18:12:50
雪華さん
初めまして、とはいっても私の方も雪華さんの小説をずっと拝見してはいたのですが。
コメントして下さりありがとうございます!
やはり仲間がいるというのは心強いものですよね。
今はまだ集まってくる人が少ない状況ではありますが、また在りし日のように、この掲示板が盛況となるようにお互い頑張っていきましょう!
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/09 (Tue) 18:17:37
第5話:交錯する二筋の光
「どうなってるんだ…!?コイツと同じケモノがもう1匹だと…!?」
新たなケモノの出現に、何故かミドナが一番驚いている。
ゼルダは床に伏したその体の傍にしゃがみ、首筋に指をあてた。
「……大丈夫ですね。まだ、生きています。ただ、体力をかなり消耗しているようですね。急いで手当てをしなければ」
彼女はすっと立ち上がり、壁際の戸棚に近づくと、引き出しのうちの1つを開け、取り出した黒い小瓶を持って戻って来た。
ケモノの口に優しくあてがい、中身を少しずつ飲ませる。
「気付けと回復の効能がある魔法薬を飲ませました。これで気がつくでしょう」
「姫…この者は何者なんです?」
「貴方は感じないのですか?」
「え?」
振り向いたゼルダの視線が、リンクの左前足に落ちる。
「私の“知恵”には反応を見せました。ならば貴方の持っている“それ”にも呼応するはずです。――試してみて下さい」
リンクは一歩、ケモノに近づいた。すると自分の左の前足が微かに光を放ち始める。
見ると、自分のと、目の前の銀の毛に覆われた右前足には全く同じ紋様が浮かび上がっていた。
「――どういうことだい、こりゃ」
それを見守ることしかできないミドナの声はまるで苦虫を噛み潰したかのよう。
ゼルダの右手の“トライフォース”の紋様が発光するのは、下段に並んだ左側。
しかしリンクと、この銀色のケモノの紋様が光っているのはその右側。
それは“勇気のトライフォース”の持ち主が“2人いる”という、何よりの証であった。
「古来より、“勇者リンク”には“勇気のトライフォース”が、私達ハイラル王家の、代々“ゼルダ”という名を冠する者に“知恵のトライフォース”が受け継がれるのです。…例外がなければ、ですが」
淡々と話すゼルダの声が、今は何処となく歯切れが悪い。
冷静な君主である彼女も、歴史上類を見ない“例外”に遭遇して動揺しているのかもしれなかった。
「う…うぅん…」
不意に、銀灰色のケモノが身じろぎをして呻き声を発した。
2人と1匹が見守る前で、よろよろとおぼつかぬ足取りで立ち上がり、頭を左右に振る。
開けた瞳の色は、綺麗な蒼。額には、黒い石をはめ込んだ飾りがついている。
「…やっぱ、夢じゃ…なかったんだ」
初めに自分の前足を目にして、ぽつりと一言呟く。そして次に、自分を取り囲む者達に視線を移した。
リンクの碧色の瞳とばっちり目が合う。
「え……」
今の自分とよく似た相手が声を漏らすのを、リンクは少し不思議な感覚で見つめる。
「時の……勇者様……?」
「……はぁ?」
相手の意外な言葉に、思わず間抜けな声が漏れた。
ぷっ、と傍らでゼルダが吹き出す気配がした。
「違いますよ、こちらは全くではありませんが別人です。そもそも“時の勇者”はケモノではありませんしね」
蒼の瞳がゼルダを捉える。
ケモノは、はっとかしこまった。
「あなたはっ…!ゼルダ姫様ですよ、ね?」
「はい、その通りです。貴女は私に会いたくてここにやって来たのではないのですか?」
ゼルダが優しげな口調で諭すように話しかける。
途端、宝石のようなその瞳から精気が消えた。
「あたしは…あたしは…そう、お願いがあって、参りました…」
滑らかな毛並みの上を透明な雫が次々と滑り落ち、床で砕けて染みになる。
「どうかお願いです、ゼルダ姫様。あたし達の故郷…『コキリの森』を助けて下さい…!!」
ゼルダの顔が硬く引き締まった。
「……それは只事ではありませんね。詳しい事の次第をお願いできますか?それと、その前に」
指先でケモノの目元をそっとぬぐう。
「貴女の名前も聞かせて下さい」
事の次第を見守っていたリンクの背中で、1人だけのけ者にされていたミドナが、退屈そうに大あくびをした。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/09 (Tue) 18:21:43
シルト、と名乗ったケモノは、今まで自分の故郷に起こったことをかいつまんで話した。
そして終わるとうつむいた。その背中が小刻みに震えている。
「ほーお、そりゃまた悔しかっただろうねぇ」
ミドナがあからさまに気の無い声を出す。
「あたしは……デクの樹サマから“勇者”だって言われたけど…そんなのウソに決まってますよね?だって本当にそうだったら森は救えたはずですし…何もできなかったあたしにそんな資格なんてない!!」
自分自身を否定するように頭を激しく振る。
見ていたリンクはうじうじとした態度に段々苛立ってきた。その様子はまるで、昔の自分のようで。
「あのなぁ、そう思ってんのがお前だけだなんて思うなよ!!」
背中のミドナを振り落とす程の勢いでリンクはシルトに迫った。
「開き直る訳じゃあないけどな、オレだって幼なじみを目の前で攫われてんだよ。そうだよ守れなかったよ、こういう感情はお前と同じだよな?でもオレはちっとも諦めてなんかはないさ。むしろ見つけ出す気は満々だ」
「言うなぁお前…」
背中に戻って来たミドナがぼそりと呟く。
「いつまでも泣いてちゃ姫だって助けてくれない。自分にできることを考えて、自力で再び立ち上がることが必要なんだよ」
一気にしゃべり終えて、まだ虫の居所が悪いのか、斜に構えてリンクはシルトを睨む。
「…そっか、あなたもあたしと同じなのね…」
シルトは呟くと、視線を下に落とした。
また泣き出すのかとリンクはため息をつきかけたが、その思いとは裏腹に、彼女はすぐに顔を上げた。
その瞳には、決意の光が宿っている。
「そうだよね、森のみんなもあたしがここまで来て投げ出すなんてこと、きっと許してくれない。しっかりしなくちゃ、ね」
また目からぽろぽろ雫が零れる。だが今度の涙はリンクの気には障らなかった。
「その通りですよ。希望を失ってはいけません。貴方達は“光”なのですから」
優しく、しかし芯の通った強さを感じさせる声でゼルダは言う。
「…ありがとね、リンク」
シルトが丁寧に頭を下げる。
リンクは険しかった目元を緩めた。
「…ああ」
「おい、もうそろそろここを出ないとダメだぞリンク。目くらましの効果が無くなる」
ミドナが彼の脇腹を叩いて注意を促した。
「分かった。これ以上の長居は危険だな。…シルトも一緒に行こう」
「うん。よろしくね」
彼らについて部屋を出ていこうとしたシルトをゼルダが呼び止めた。
何かと傍へ寄ったシルトの額に彼女は手を触れる。
「“この子”はしばらくの間、私がお預かりしておきますね」
彼女の指の間にはさみこまれていたのは、付いていた黒い石の飾り。
ゼルダが手のひらの上に載せると、みるみるうちに石は姿を変え、小さな黒猫が現れた。
「あっ、ティラ!!まさか今までずっとそこに…?」
ティラは目を閉じ動かないが、規則正しく上下する胸の様子から、異常は無いことが分かった。
「またすぐに逢えますよ。貴女が“知恵”を頼ることがあるのなら」
「おい、いい加減もう行くぞ!!」
ミドナが苛立たしげに言う。
2匹のケモノは今度こそ部屋を出ていくとき、扉の手前でちょっ
と立ち止まり、ゼルダに向かって頭を下げた。
再び独り、残された姫。
彼らを見送ることしか出来ない、自由を喪った黄昏の姫は。
「私は、自身を決して、赦さない」
今日も懺悔と祈りを、女神に捧げる。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/09 (Tue) 18:25:03
「…大丈夫、あの化け物鳥はいないみたいだ」
するりと塔の裏手の屋根の上に2匹は出てきた。
「少し寄り道はしたけど、まぁそろそろ約束を守ってやろうかね」
ミドナがふわりと浮かび上がって屋根の境目ぎりぎりのところで静止する。
「元居た場所まで送ってやるよ。あと、シルト…っていったね。お前はどうするんだい?」
恐らくミドナの力を使えば、故郷の森まであっという間に戻れるだろう。
しかしシルトは静かに首を横に振った。
「いい。あんたと一緒に行くよリンク。今すぐに戻ってもきっと出来ることは無いだろうし…。それに“勇者”は一緒にいるべきでしょ?」
それもそうだな、とリンクは頷いてミドナの方に顔を向けた。じゃあオレの村の近くまで送ってくれ、と言おうとして、彼女の視線が既に自分の方にあることに気づく。
「…何だ?オレの顔に何かついてるか?」
いや、よくよく見てみると、彼女の視線は自分を突き抜けてその後ろ側に注がれている。
シルトもミドナの異変に気付いた。
リンクはゆっくりと振り返り、少し遅れてシルトもそれに倣う。
気配はまったく感じなかった。
“彼”はこの淡い黄昏色の景色の中では比較的綺麗な、シルトの銀灰色のそれよりも輝きを放つ毛並みを持っていた。
茶灰色のリンクとは比べ物にもならない。
周りとは相容れぬほどの強烈な金色の色彩。鬼灯のような真っ赤な瞳。
それは、異色のケモノ。
つい、とその瞳が細くなり、口元から柔らかな声が零れる。
「やあ…久しぶりだね、“勇者”達」
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/11 (Thu) 22:22:17
第6話:審判者(さにわ)
そのケモノの言葉を聞いた途端、リンクは身体の奥深く、芯の部分にじんわりと広がる気持ちを感じた。
(――何だろう。懐かしい―…?)
シルトと目が合う。それだけで彼女も自分と同じ気持ちを感じていることが分かった。
それともう1つ直感的に感じたことがある。このケモノは“少なくとも敵ではない”――と。
「お前…シーク、か?」
乾いたミドナの声。
「…ミドナ、知り合いなの?」
黄金のケモノは目をしばたたかせた。肯定の意。
「そちらも彼らほどではないけど久しぶりだね、ミドナ。“あの時”以来?」
瞬間、ミドナの髪がざわっと逆立ったかと思うとそれらが光速で伸び、シークの首筋で止まった。
黄金の光に照らされて、硬質化した髪の刃先が鈍い輝きを放つ。
「…その話を口に出すんじゃない。いくらお前が“中立”でも、赦さないよ」
シークは今にも自分を貫こうとしている刃を平然と見つめている。
「分かっている。話す気は無いよ。ボクは自分の“運命”をいたずらに放棄しない。というか、出来ない。それゆえにキミに殺されはしない」
「…何の話をしているんだ、ミドナ?」
リンクが用心深く訊いた。
今のを見ていて、訊き方によっては瞬殺されかねないと思ってのことだ。
「お前には関係のないことだよ。ワタシとアイツとは、昔最悪の出会い方をしてしまった――。それだけさ」
じろり、と凍てついた紅の瞳に睨まれて、リンクは素直に引き下がった。
ミドナが再び射殺しそうな視線をシークの方へ向ける。
「それで、アンタは何の用があるんだい?ほとぼりが冷めたと思ってのこのこと現れただけって言うんだったらそれは大間違いだね。ワタシにぶっ殺されないうちに尻尾巻いてとっとと帰りな」
「ちょ…ちょっと待ってよ、ミドナ!!その人は悪い人じゃないわよ!?」
「はぁ?バカ言ってんじゃないよ。アンタ達にこの悪党のなにが分かるっていうのさ。理由と証拠がちゃんとあってそう言ってるんだろうね?」
「うっ……!そんなのどっちもないし、さっき会ったばかりだけど、でも直感で…!!」
「ホラやっぱり口だけのでまかせじゃないか。それに何かい、コイツが悪い人じゃなかったら、それはアンタにとっては庇うべき対象、つまりは“味方”なのかい?」
「そっ……!それはまだ…!!一概にそうとも言い切れないん…だけ…ど……」
最初は威勢が良かったシルトの弁論も、最後の方は尻すぼみになって宙に消えていく。
ミドナが最後にぴしゃりと決定打を放とうとしたが、それは面白がっている響きを含んだシークの言葉によって遮られた。
「随分と変なことを言うんだね。ミドナのその論法で行くなら、ボクは完全に“敵”ということになるのかな?」
「当たり前じゃあないか」
「つまり、キミの中でボクが“味方”に変わる可能性は全くないと」
「どの口がそんなことをいうんだい?自分がしたこと…。まさか忘れたとは言わせないよ…?」
ミドナのその返答に、シークは静かに彼女を見つめた。
「ミドナ、“あの時”のことはもはや過去のこと。今は一旦水に流して、ボクを“味方”と認めた方が良い」
「まだそんなことを言うかッ!!?」
激昂したミドナは大鎌と化した髪を振りかぶった。
「やめてミドナ!!」
シルトの制止も虚しく、鋭利な刃は、空気をも切り裂く勢いで、
何もない空間を切った。
ミドナは消えたシークを探して左右に視線を走らす。
「――さて、そろそろ怒りを収めてくれないかな、ミドナ。話が全く進まない」
頭上から涼やかな声が降ってくる。
リンク達を見下ろす格好で、シークは何事もなかったかのように前足をきちんと揃えてひさしに座っていた。
「バカにしてんじゃないよ!!話なんか願い下げさ!!さっさとここから離れるよ、アンタ達!!」
ミドナは怒りに燃える目できっ、と2人の方を睨んだが、リンクはすまなさそうに彼女から視線を外し、シルトは静かに首を横に振った。
「ミドナ、そっちはこの状況のことをある程度知ってるのかもしれないけど、あたし達は違うの」
「分からないことが多すぎるんだ。少し情報を得るくらいいいだろ?」
「おや、いいのかな?もしかしたらボクはキミ達に嘘ばっかりを教えるかもしれないよ?」
どこか楽しげなシークの口調。
「その時は自分たちで信じるかどうか決めるさ。これでも嘘を見破るのは得意なんだ」
その言葉にミドナは盛大に顔をゆがめ、苛立たしげに舌打ちをした。
「あっ、そ。勝手にしたらどうだい!?」
ふい、とそっぽを向いてしまうが、独りで姿を消してしまうことは無い。
“2人を元居た所へ返す”という約束はきちんと守るつもりのようだ。
当の本人達によって機嫌を損ねられたのにもかかわらずのこの義理堅さに、リンク達は思わず顔を見合わせ笑みをこぼす。
いつもは横柄な態度で彼らに接し、それにむっとさせられることが多いが、今の態度から見るに、彼女はきっと優しい心の持ち主。
今まで彼らに対してひた隠しにしていた本性がぽろりと出た結果だと言えた。
「賢明な判断だよ。情報は武器になる。知っておいて損なことはない」
ボクが君達の立場でもそうしただろうね、と言いながらシークはミドナから多少離れた所に降り立つ。
「じゃあキミ達が一番知りたがっているであろう事柄からお答えしよう。ボクがここへ来た目的。それはある“任”のため。…我が“主”の命でね」
主、と聞いて2人の背中の毛が警戒心で逆立つ。
「まあ、“主”が何者なのかはご想像にお任せするよ。…繰り返すようだけど、ボクはキミ達の“敵”じゃない。“味方”…いや、正確に言うなら、そうだね、“中立”の立場ってトコかな?」
中立。さっきもミドナが口にした言葉にリンクの耳が動く。
「完全に味方じゃない…と?」
「そう。どっちつかずの存在。それが“中立者”であり“審判者(さにわ)”。光と影の戦いの行く末を見届ける者。これだけは覚えてて貰えると嬉しいね」
意味が分からない。
黙り込んだ2人に、シークはついでのようにつけ加える。
「そうそう…。行くべき道を迷っているようだったら“精霊の棲む森”を捜すといいよ」
え?と尋ねようとしたリンクの背中に容赦ない衝撃が走った。見上げると不機嫌な紅い瞳と目が合う。
「ま・だ・か?」
苛々とした彼女の声から、リンクはここらが潮時だと悟った。
「…ああ、もういいよ」
それを聞くなりミドナはさっと腕を振った。彼らの足元に魔法円が現れる。
「んじゃ行くぞ」
素っ気ない声が耳に届いたとき、リンクの視界は既に暗闇に覆われていた。
黄金のケモノは、ミドナ達がその場から去ってゆくのを目じりを下げて眺めていた。
やはり彼女にとって、“自分達”の存在はかなりのトラウマとなっているようだ。
自身を目にしたときからの、ミドナのあの異様なまでの拒否反応を思い出し、くすりと笑う。
「……後は任せたよ、“クレイ”」
意味深な独り言を残し、シークは一瞬のうちにそこから掻き消えた。
そして城の一角、塔の屋根の上には誰もいなくなった。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/11 (Thu) 22:26:18
第7話:侵された場所
チチチ…
黒一色の視界の中、小鳥達の楽しげなさえずりが聞こえた。
ぴくっ、とそちらの方に反応して向いた耳をそよ風が優しくなでる。
ああ、ここは。
思わず安堵の笑みがこぼれる。
そして閉じていたまぶたをそろそろと開いてみて。
「わっ、まぶしっ」
予想はしていたが、やはり久々の光の世界の太陽のまぶしさに思わず再び目を閉じてしまう。
しばらくの間、明るさに目を慣らしてから、改めてシルトは周りの景色に視線を巡らせた。
「わぁー…!綺麗な森……」
自分が住んでいたコキリの森とまではいかないが、この森も植物はもちろん、動物達の生命力に満ち溢れていた。
蒼い空にみずみずしい緑の葉の色が良く映え、そして彼女のいるところである泉の、せせらぐ水の透明感が景色に清浄な雰囲気を添えている。
「いいとこだろ?」
振り返ると、リンクが穏やかに目を細めて立っていた。
「ここ、オレの住んでる村の近くの泉なんだ。『精霊の泉』っていうんだけど」
このハイラルの地を守護する光の四精霊達の加護により、流れ出る清水は大地を潤し、生命あるもの全てを優しく癒している。
「本当にね。いいところ。…あれ、ミドナは?」
シルトの指摘にリンクはあっと声を上げた。
確かに2人はちゃんと約束を守って貰った。ゆえに責務を果たした彼女はさっさとどこかへ行ってしまったのか。
『何だい、ワタシがいないと何もできないって?』
まるでシルトの発言を聞いていたかのようなタイミングで、聞き慣れた憎たらしい口調が辺りに響いた。
リンクの影がモゾ、と動いたかと思うと、2人の目の前に黒い影で出来たミドナが姿を現す。
「わっ!!…びっくりしたぁ。驚かさないでよね」
『勝手に驚いたのはそっちじゃないか。まだアンタ達にするべきことをしてもらってないんでね。いなくなるわけにはいかないんだよ』
ああ、とリンクが唸った。
「“ここから出す代わりにワタシの願いを聞く”って奴か」
『そう。ギブアンドテイクさ。ワタシは借りはしっかり返して貰う主義なんでねぇ』
「んで?何なんだ、お前の願いって」
『力を探すことさ』
シルトは半眼になった。
「はあ?下らない、かつありふれた願いね。何のために力を求めてんのか知らないけど、やりすぎると自分を見失うわよ」
『人の話は最後まで聞くモンだよ。ワタシが探してんのは“元々ワタシのモノだった”力さ』
「何それ?そういうのだったら自分で探した方が早いんじゃないの?」
ミドナは皮肉っぽく笑った。
『それができたら苦労しないさ…』
「とりあえず、さ」
2人の間にリンクが控えめに口を挟んだ。
「ミドナ、なんかその“力”っての?当てとかないか?例えばこういう所にありそうだ、とかさ」
『そうだねぇ…』
ミドナはあごに手を当てた。
『結構強い力を持った影の魔力の塊なんだよ。だから“聖なるモノ”…。強力な光の魔力で封印されている可能性が高いとは思う。“精霊”によって管理されているかもしれないね』
(ん?)
リンクはミドナの言葉に既視感を覚えて首をひねった。
(どこで聞いたんだっけ…?)
――“精霊が棲む森”を探すといいよ――
「あ」
思い出した。
「なあ…。シークが言った言葉、覚えてるか?」
『…何だいきなり』
ミドナがあからさまに嫌そうな顔をした。
「あ、もしかして最後に言ってたやつ?精霊や森がどうとかって…」
「ああ。“精霊が棲む森”を探してみろってやつ。…実はこの奥に『フィローネの森』っていう聖なる森があるんだ。そこは昔から光の精霊が守護する地だっていわれてる」
「ホントに!?じゃあそこに行ってみる価値、あるかもね?」
『…何でワタシがアイツなんかの言うことに従わなきゃならないんだい?』
苦虫をかみつぶしたような顔のミドナが唸った。
「……いや、ここは折れるべきだと思うぞミドナ。オレ達は全然構わないけど、行かなくて後悔するのはお前の方だろ?」
どうせなら光の精霊に会ってみたいので行きたい、とリンクは自身の意見を述べる。
シルトもそれに同意した。
ミドナの額のしわは消えることはなかったが、渋々といった形で彼女は同行を了承した。
「んじゃ、この先影の領域に入るけど、頼んだぞミドナ」
ミドナがしゅっとリンクの足元に滑り込んだのを確認して、2匹は軽快に森の奥へと駆け出した。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/12 (Fri) 21:27:32
少女は焦っていた。
(早く、早くしなきゃ…!じゃないと……)
森の中を、まるで飛ぶように素早く駆け抜けながら、胸元に大切に入れてある“それ”をぎゅっと抱きしめる。
しかし少女は知らない。
彼女を狙う、いくつかの敵意に満ちた目があるということを。
そして彼女には逃げ場が無い、ということを。
ギャギャギャギャッ!!
頭上から猛々しい獣の吠え声がふってきた。
恐怖に身をすくませた少女の前に、彼女とほぼおなじくらいの体格をした猿が1匹飛び降りる。
体毛はごわごわと逆立ち、本来瞳があるべき場所が黄色く無機質に光っている。知性などはまるで感じられない。
当然のことながら、このような種類の猿が元々いるはずはなく、魔物の一種であった。
「あ……あ……」
かたかたと震えながら後ろへ1歩下がる。
相手の化け物猿は少女を値踏みするかのように光る目でじろじろ見ながら更に距離を縮めた。
樹上では仲間と思わしき猿達が次々にこちらを威嚇するように甲高く鳴いている。
ウオッ、と地上にいる方の猿が短く吠え声を発すると、他の猿達の様子が変化した。
獰猛な、歓喜の声をあげながら、次々に地上へと飛び降りる。
そしてそのまま少女へと向かって――
「きゃああああああぁぁぁ――っ!!!」
リンク達は、森の奥のトワイライトに足を踏み入れていた。
そこはリンクの運命を変えた場所。そして。
「そういや、お前の姿を最初に見たのはここだったなあ」
本来の姿に戻ったミドナがふわぁ、と軽く伸びをしながら言った。
「マジかよ…それなら最初っから助けろよな…」
淡白な奴だな、とリンクは半眼になった。
奥へ奥へと進むと、やがて3人の周りを霧が取り巻き始めた。
だんだん濃く、その薄紫色を増していく。
「…ねぇ、この霧の色、おかしくない?」
「ああ…。何だろう、変な臭いがするわけでもないんだけど…。やっぱり、何かがおかしい」
そのとき。
何気なく踏み出したリンクの右前足に、何かがまとわりついたような感触を覚えた。
シューッ!
「痛づっ!?」
酸性の液体がかかったかのような激しい蒸気音と痛み。
慌てて足をそこから引き抜いて眼前に持って来ると。
「うわっ…!!」
右足の足首から先の毛がぶすぶすと縮れ、抜け落ち、所々爛れた皮膚が顔を覗かせるという、まさに火傷に限りなく近い状態になっていた。
リンクの足の惨状を目の当たりにして、否応なしに3人の足取りは止まる。
迂闊に踏み出せば、今度は自分がより酷い被害に遭うかもしれない。
霧のせいで周りが確認できない恐怖が足をすくませていた。
「参ったな…こりゃ先に進めそうにないね」
「リンク、大丈夫?」
「うー…。地味に痛いってコレ…」
顔をしかめながら傷をなめるリンク。
「どうやらこの霧、自然のものじゃないないみたいだねぇ。よし、一丁払ってみるとしようか」
ミドナが小さな両手を天に掲げ、ぐるぐると円を描くように振り回し始める。
すると、ミドナ達を中心として、竜巻のように風が集まり始めた。
勢いが増すとともに、霧が徐々に後退していき、やがてぽっかりと視界が開けた。
そして彼らの視界に飛び込んできたのは。
「何よこれ…。信じらんない…」
シルトがうわごとのように呟き、無意識のうちに一歩下がった。
リンクの瞳はガラス玉のように、ただ目の前の景色を映していた。
いろいろな感情がごちゃ混ぜに溢れて頭の中を満たし、まともに機能していない。
リンクは以前のこの森の姿を知っている。
トアル村の中では誰よりもここに親しみを感じていた。
だからこそ、今のこの森の悲惨な姿――そう、“森が腐っている”という事実を突きつけられ、それを受け入れられずにいた。
ミドナがそっとシルトの背を離れ、1本の大木の側へ近づいた。
その幹や、根元に絡みつく毒々しい紫の霧状のモノをじっと分析する。
「毒霧、かねこれは。こんな魔法は見たことがないね。ワタシにはどうにもならないよ。この森はもう、死んでしまってる」
更に追い打ちをかけるような、しかし現実の、目を背けられない出来事。
右足が鈍く痛む。それがこのことが夢ではない、とリンクに教えていた。
「先へ、進もう」
発した声が、まるで自分のものでないかのようにかすれる。
「前へ進まないと…何も出来ない、だろ?」
シルトはこの状況に強い既視感を覚えた。
この森の風景が、コキリの森のそれと、リンクが自分の姿とダブる。
唯一違うのは、リンクは絶望はしても、諦めてはいないという点だけ。
「…ぐるっと大きく迂回したら避けれると思う。行こう」
「…ッうん!」
我に返ってシルトは慌ててうなずいた。
小走りに駆け寄りながら、自嘲の念で口元が小さく歪む。
他の誰にも気取られぬ様、口の中で、ぽつりと漏らす。
「強い、なぁ…」
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/14 (Sun) 11:01:42
毒霧の池の縁、ぎりぎり渡れそうな枝が張り出している木々があった。
その上を2人は身軽に、――時にはミドナの力を借りて進んだ。
対岸の安全な地面にたっと降り立つリンク。
「ずいぶんと奥まで来たな。ミドナ、“精霊”の気配とか、何か感じないか?」
「無理言っちゃあいけないよ。影魔法<シェイドルーン>ならともかく、光魔法<ルクスルーン>なんて感じ取れるわけないさ」
「なんだその…ルクスルーン?とかっての?」
「魔法の分類さ。どちらの世界に属しているかで使える魔法が分かれるんだ。例えばワタシは影の世界の住人だから影魔法<シェイドルーン>が使えて、かつその気配に聡い。光の世界の奴らはその逆さ」
「なるほど。じゃあ手掛かりはなし、か…」
そのとき。
――きゃ……あ…あぁ………――
遠くから微かに誰かの悲鳴らしき声が風に乗って流れてきた。
2人の耳はその声を聞き逃さない。
「人がいるわよ!?」
「あっちで何かが起こってるみたいだねぇ」
「…行こう!!」
リンクの声で、2人は走り出した。
すぐに木々が密集しているところを過ぎる。
「森を抜けるぞ!!」
突然、視界が太陽の光で白く染まった。なんと、森を抜けた先は、元の光の世界だったのだ。
いつの間にかミドナがいない。間一髪で影の中に潜りこんだのだろうか。
このように冷静に周りの状況を把握しつつあるシルトとは反対に、リンクはある光景に目が釘付けになっていた。
化け物じみた猿が視線の先にいる。
しかもその猿達は集団で少女を今にも襲おうとしているではないか。
考えるよりもまず先に体が動いていた。地面を蹴り、瞬時に間合いをつめる。
そして、ちょうど少女の真ん前にいた猿の横っ面に、空中でくるりと回転した遠心力も加わった爽快な一撃を叩き込む。
少女に覆い被さるくらい近くに迫っていた猿は、突然横方向に派手に吹っ飛んだ。
何が起きたか分からず呆然としている少女の隣に優雅に尻尾を翻したリンクが着地する。
すぐに歯をむき出して唸り、他の猿達を威嚇した。
「来るなら来い卑怯者共が!オレが相手だ!!」
恐らく意味は分かっていなかっただろう。
しかし敵意むき出しのその台詞によって、猿達もリンクを敵だと認識した。
吼えながら四方八方から襲いかかってくる。
「…ああもう、多勢に無勢じゃないの!唸る刃の礫…“エアロド=シルフィ”!!」
緑色の燐光が一瞬、猿達の気を引く。
次の瞬間、どこからともなく発生した不可視の真空の刃が猿達に襲いかかった。
悲鳴をあげる化け猿。
苦しむ彼らの頭上をくるくると回って飛び越え、スタン、とリンクの隣にシルトは飛び降りる。
「加勢するよっ!!」
リンクは目を丸くした。
「シルト!?えっ…凄いな!!」
「でしょ?あたし魔法使い<ルーンウィザード>の端くれなの。影の世界では無理だけど…光の世界でならあたしの力は使える!!」
言いながら、運悪くそばに来た猿をきっと睨みつけ、怯んだところに容赦なく風の刃を見舞う。
ただのケモノだと思ってナメていた猿達はこれで一気に怖気づいた。
1匹がだっと逃げ出す。
すると、それに弾かれたように他の猿も次々に逃げていった。
「ふうっ」
よっしゃあ、と心の中で小さくガッツポーズをしたリンクは上機嫌で少女の方を振り向いた。
もう大丈夫だぞ、と言おうとして、不思議そうに自分達を見下ろす少女と目が合う。
(あ…)
今の自分の姿を思い出して、リンクの顔が強ばった。
今更ながら、ケモノとしてはかなり不自然すぎる行動をたくさんとってしまったと後悔する。
普通に喋ってしまったし。
こういうときはどうすればいいのだろうか。
苦し紛れにぎこちなくただのケモノのふりをすればいいのだろうか。
ちらっとシルトの方を見る。案の定、彼女も固まっていた。
冷や汗だらだらのリンクと石像のようなシルトをじぃーっと見ていた少女がとうとう口を開いた。
「…もしかして、あなた達は、“勇者”さん?」
(あれっ?)
思いがけない質問に2人の気が抜けた。
「…えっとさ、その質問より先に、“何でケモノが喋ってるの?”とか聞くべきじゃないか?」
「違うでしょ。むしろ、“あなた達は何者?”じゃない?」
シルトは即座に否定した。
彼女にとって、動物の中には喋れる者もいるのが当たり前なのだ。例えば相棒のティラとか。
まあ彼は少し“動物”という枠から外れているのだが。
「普通のケモノも、喋るよ?」
ほらみなさいよ、とシルトが鼻を鳴らす。
「でもね、“綺麗な蒼と碧の目をした2匹のケモノは勇者”だって私知ってるんだ。あなた達この言葉にぴったり当てはまるもん。そうでしょ?魔物も追い払ってくれたし」
2人は目を見合わせた。
「…ああ、うん…。傍から見るとそうなるのかな…。まだなりたてだけど…」
少女の瞳が輝いた。
「やっぱりそうなんだ!私の名前はリラン。あのね、勇者さん達『ハイラル城』って行ったことある?」
「あるも何も…オレ達そこからやってきたんだ」
「じゃあ、“ゼルダ姫”様、知ってるね?」
「ああ」
リランの顔が安堵でいっぱいになった。
「良かった…。私、勇者さん達を見つけるように言われていたんだ。そしてお願いしてくれって。あなた達にしかできないことを」
「君は、この森の近くの村に住んでいるんだね?何か、あったのか?」
答えを予想しながらリンクは訊いた。
“何か”が起こったのでなければ、こんな子どもを使者として立てるのはおかしい。
案の定、リランは頷いた。
「もしかしたら気づいてると思うけど、この頃、森が変なの。あと、これをゼルダ姫様に届けてほしいの…」
リランはごそごそと懐を探って、両手で大事そうに“それ”を取り出した。
ちょうどリランの両手に収まるほどの、澄んだ若草色をした雫型の翡翠。
2人は吸い込まれそうなその色に目を奪われた。
そんな3人の上に、すっと影が差す――
「おっ、嬢ちゃんいいモン持ってんじゃねーか。オレにも見してくんねーかなぁ?」
シルトの心臓が跳ね上がった。無意識のうちに背中の毛が逆立ち、喉から唸り声が漏れる。
聞き間違えようもない。この遠慮のない無作法な物言いは。
顔を上げる。
コキリの森で見たのと同じ、茶色いマントに覆われた姿がそこには在った。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/16 (Tue) 21:38:51
第8話:地の蛇と少年
「だっ、誰ッ!?」
リランは翡翠をぎゅっと抱きしめた。外から見えないよう、必死で隠す。
シルトはリランを守るようにじりじりと前に出た。
彼女を不必要に怯えさせないようにと思ってのことだ。
おそらく今、自分の顔は瞳孔が細くなって、かなり怖い顔をしているのだろうという自覚はちゃんとある。
「見してくんねーの?ケチくせぇな~。見て減るモンでもねーだろぉ?」
舌打ちする相手。だがその口調はどこか楽しげだ。
「何しにきたの!!?あたし達の森だけじゃ飽きたらずにここも影に染めようってわけ!?」
シルトの言葉にリンクが驚く。
「ってことは…コイツがシルトの故郷をめちゃめちゃにした奴か!!」
「おいおい人聞きの悪い言い方すんなって。あれやったの、オレじゃねぇって前も言っただろ?まあ、今回は“陛下”直々の命令で必要ならば、とは言われてるけどなぁ…?」
フードの影に落ち込んで全く表情の窺えない顔をリランの方に向ける。
びくっと震えるリラン。翡翠を握りしめる手に力がこもる。
「安心しろよ。すぐにやりゃあしねぇ。まずはその必要があるかどうか、査定と行かせて貰うぜ」
フードに手をかけた。ゆっくりと外す。
無造作にくしゃくしゃと跳ねた短めの黒髪。そして同じ色の、意志が強そうにつり上がった瞳。
まるでいつも睨んでいるようにその瞳に宿る光は鋭い。
「そんじゃあ改めて自己紹介といこっか。オレの名前はクレイ。お前達を殺すかもしれない奴の名だ。…記憶したか?」
リンクは答えない。
クレイが口角を上げて嗤う。
「それじゃあ」
クレイは片手を天に向かって高く挙げた。
影の領域にあったのと同じ紋様が、蒼空を歪ませて現れる。
ドン! ドン!
ぬらりと赤い血のような色をした雷が立て続けに2回、地面に突き刺さる。
パリパリとクレイの周りの土が帯電した。
と―― ちょうどリンクとシルトの目の前の地面にボウ、と紫の光が灯った。
同時に地鳴りが起こり始める。
光を中心として地面が隆起し、寄せ集まり、やがてひとつの生物の形をとってゆく。
しなやかで長い体躯。
ざらざらとした茶色の皮膚。その所々に混じる大小の石。
口蓋から覗く牙は黒く鋭い岩石。
その瞳に宿る光は紫。
リンク達の何倍もあろうかというその大蛇の上に、召喚者であるクレイは立ち、哀れな勇者達を見おろしていた。
その顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
「せっかく記憶したんだからさぁ、そう簡単に忘れないでくれよぉ~?」
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/16 (Tue) 21:43:19
クレイの言葉が終わるか終わらないうちに、土蛇の尾が唸りをあげて迫ってきた。
リンクはとっさにリランを突き飛ばし、敵の攻撃範囲内から逃れさせた。
お陰で彼女の小さい体が尻尾の餌食となることはなかったが、自らはもろに直撃を受けて、面白いくらいあっさりと遠くまで吹っ飛ばされる。
シルトの方も攻撃を食らって吹っ飛ばされたが、機転を利かせてフロルの魔法を唱え、風で衝撃を弱めた。
遠目にリンクが木にたたきつけられ、ずるずるとくずれ落ちていくのを見て、慌てて跳ね起きる。
「リンク!!」
ぴくり、とリンクの前足が動いた。多少ぎこちなく、ゆっくりと立ち上がる。
ほっとして、シルトは彼の元に駆け寄ろうとするが、リンクは、
「来るな!!」
と鋭く叫んだ。
「今はオレのことはいい!…それより先にすべきことをしてくれ!!」
シルトははっと気づいた。
動けずに固まっているリランに駆け寄り、ぶつぶつと魔法を唱え始める。
「――久遠の休息を誓約せり…“ケージ・オブ・エデン”」
リランの周りを白い光が囲った。たちまち鳥籠のような形を成し、ふわりと宙に浮かぶ。
リランの血相が変わった。
「シルトさん?!どうして…っ魔法を解いて!!」
「ダメだよ。あなたはここに居なきゃダメ」
「何で?!私もう大丈夫だよ!少しだけど魔法も使えるから!力になるよ!だから出して!!」
シルトは微笑んで首を横に振った。ケモノの顔だったので分かりにくかったが。
「あたしはあなたに傷ついて欲しくない」
「え…?」
「あいつらと戦うのはあたし達“勇者”の仕事。あなたは戦うべきじゃないし、それに、あなたが傷つくときっと、家族が悲しむ」
シルトの傍にいつのまにかリンクが来て言った。
「大丈夫。オレ達に任せて」
一部始終を見ていたクレイがピューっと口笛を吹いた。
「2人共、やるじゃ~ん。さっすが勇者。クッサイ台詞だったぜ?」
「……」
2人は黙ってクレイの方に向き直った。
4つの瞳が相手を睨んでいる。
「さて」
クレイがつい、と片手を動かした。
蛇がその巨大な鎌首をもたげる。
「そろそろ仲間内でのお喋りは終わりにしてくれるかぁ?こいつが退屈しちまう」
大蛇が咆哮をあげた。
その声は人間に聞こえない高さの超音波となってリンク達を襲う。
「おっと、コイツの紹介がまだだったなぁ。コイツの名はマッツワーム。まず最初の“査定”の相手だ。ただの石と土くれの塊だとナメない方がいいぜぇ?」
クレイはにやりと余裕の笑みを浮かべた
「さぁ、どっからでもかかってこいよ、犬ッコロ」
2人は同時に土を蹴った。それぞれ別の方向に、撹乱を狙って走る。
こうすれば、相手には狙いがつけにくい上、各個攻撃が出来るという利点がある。
蛇がその巨大な顎を開いた。紫の瞳がリンクを捉え、漆黒の牙がさっきまで彼が居た空間を噛み裂く。
「こっちだデカブツ」
ひらりと避けて、挑発したリンクに向けて、もう一度。
しかし、再度避けようと身構えた彼の後足からかくりと力が抜けた。
「!!」
大地と土の塊とが衝突し、茶灰色のケモノの姿はもうもうと立ち昇る土煙に飲み込まれ、瞬く間に消える。
「えっ…ちょっ、リンク!? ゲ、ゲホッ ゴホッ」
思わず足を止めたシルトのところまで土埃が到達し、咳き込んでしまう。
リランの方には魔法のお陰で影響は無い。
『おいおい…。どうなってんだい、この状況は?誰か説明してくれると有り難いんだがねぇ』
シルトのすぐ傍から、今まで忘れ去っていた声が響いた。
見ると、彼女の作る影から、ミドナが半身を乗り出しているではないか。
「ミドナ?! あんたっ…こんなときにどこに行ってたのよ!!」
『悪いね。ちょっと野暮用でね。こんなことになってるなんて知らなかったんだよ』
いけしゃあしゃあと答えるミドナにシルトは怒りを覚えたが、今はそんなことを気にしている時ではないと思い直す。
「リンクが大変なのよ!突然敵が襲ってきて、それで…」
澱んでいた空気が動き、新鮮な風が吹き込んでくる。同時にだんだん視界が晴れていく。
シルトは鎌首をもたげ、こちらに爛々と光る瞳を向けている大蛇と、その上に乗る人影とをひたと見据えた。
「あいつと…あの蛇が…。リンクを潰しちゃった、みたい」
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/23 (Tue) 22:46:51
クレイの姿を認めたミドナが剣呑に目を細め、地面からふわりと浮きあがった。
シルトはその小柄な背から、冷たいほどの怒りのオーラが発散されているのを感じ取って驚いた。
この感じはまるでシークと相対した時と同じだったのだ。
『アンタもアイツと同じように、またワタシの前に現れるんだね』
口調は静かだったが、言葉1つ1つに怒気がこもっている。
「誰かと思ったら、まさかこんなとこでこんなやつらとつるんでるのに出会うとはな。てめぇも相当ヤキが回った様だな、“零落女王”さんよぉ」
『勘違いするんじゃないよ。コイツらは仲間でもなんでもない。――ワタシは誰も信じちゃいないよ』
シルトの口元がぴくり、と動いたが、ミドナはそれに気づかない。
『時にアンタ、リンクをぶっ潰したんだって?確かに何処にも姿が見えないようだけど』
マッツワームがリンクを仕留めたと思われる場所には、抉られた小さなクレーターが1つ、空いていた。
茶灰色のケモノの姿はそこにはない。
ミドナは横柄な態度で斜に構えた。
『あんまり“勇者”って言うものをなめちゃいけないよ。こういう種類の人間は、ゴキブリ並みの生命力を持ってるからねぇ』
突然、ミドナの言葉を聞いていたかのように、クレーターに程近い地面が盛り上がった。
土を跳ね散らかしながら飛び出してきたのは泥まみれになったリンク。
大きく口を開けて威嚇する土蛇を意に介さず、リンクは渾身の力を込めて脇腹に噛みついた。
追撃のチャンスにシルトの蒼眼が光る。
「我が名に従え、神の御前にひれ伏せ!…風華の宴、“ゼビュロス・ジャッジメント!!”」
彼女が唱え終わった直後、リンクの牙が食い込んでいる箇所が一瞬緑色に光る。
「!!」
危険を察知したのか、クレイが乗っていた大蛇の頭を蹴って宙に浮いた。
蛇の身体を囲むように烈風が巻き起こって、胴体は耐えきれずに辺りに四散する。
「やった!!」
自分の放った魔法が効いて、シルトは思わず快哉をあげた。
しかしそんな彼女とは裏腹に、ミドナの表情は厳しい。
「おめでたい魔法使いだなぁ。こんなヤワな攻撃で、本当にコイツにダメージを与えれたと思ったのか?…その馬鹿らしさにゃあ反吐が出るぜ」
かすり傷1つなく地面に降り立ったクレイが芝居がかった仕草で指を鳴らす。
再び二対の紫の光が灯った。
ぞわぞわと周りの土が独りでに寄せ集まり、蛇の姿を再構築する。
その一部始終を腕組みをして見ていたミドナはつい、と目を細めた。おもむろに手を伸ばすと、傍らのシルトの片耳を引っ掴む。
「!? 痛ッ!!」
『静かにしな。アイツに聞かれちゃまずいからね』
そこまで言って、口を耳に寄せた。
『いいかい、どんな強敵だろうと、どんな不死身の怪物だろうと、弱点というものは必ず存在するんだ。まずはあの蛇の弱点を見つけな。必ずどこかにあるはずだ、魔力の源たるモノが、ね…』
「魔力の、源?」
『そうさ。ああいうタイプの魔導生物は、それが最大にして唯一の弱点なんだ。よーく見てみな。それが壊せなきゃあ、アンタ達に勝ち目はないよ?』
言われて、シルトは相手の動作をじっと観察した。
あからさまに外から見える位置に弱点を置く訳が無いことは分かっている。
見るべきは、怪しいところ。“何か”が隠してありそうな部位。あるいは不自然な動き。
平行して、彼女は今までのことも振り返っていた。
クレイが来るまでは、土は“ただの土”だった。
ということは、相手は自分たちの目の前で堂々と“核”を設置したということになる。
目をつぶり、額にしわを寄せて考え込む彼女の脳裏にある映像がよぎる。
シルトははっとした。
待って。今のは…。そうよ間違いない!!
会心の笑みを浮かべる。
シルトははっきりと悟っていた。大蛇の“核”となっているモノの場所が。
「でもどうやって確実に“それ”を壊すか…ね」
ぽつりと呟いた時、不意に鼻がむずっとして、くしゅ、と小さなくしゃみが出た。
見ると、先程被った砂埃が、彼女が動くたびに払い落とされて、空気中に舞っている。
「砂………」
シルトの頭の中に、ぴかっと閃いたものがあった。
「そうだ。いけるわ。これを使えば」
彼女は自信に満ちた表情で前を向いた。
さあ、これからが、反撃の開始だ。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/23 (Tue) 22:49:25
シルトの表情を見たクレイが手を閃かせた。
蛇の身体がぐっと前のめりになり、長い2本の牙が前方へ突き出される格好となる。
その先端から、何かが飛び出した。
それは気味の悪い紫色をしており、真っ直ぐにケモノ達の方へ飛ぶ。
リンクは驚きで目を大きく見開き、
「何だ!?」
とっさに伏せて事なきを得、
シルトは、
「…っ!!」
危ういところで身をひねってかわした。
そのままそれはシルトの背後、リランの居る方へと飛んでいき、
「きゃあっ!!」
魔法の鳥籠に当たって弾け、左右にあった木々に飛び散り、少女の代わりに幹をじゅうじゅうと音を立てて溶かした。
「あれ…!まさかさっきの森を汚染してたのと同じ系統の毒!?あっぶないことするわね!!」
「シルト!!」
いつの間にか、リンクがシルトのそばまで戻ってきていた。
「どうする!?このままじゃキリがないぞ!?」
「大丈夫、あたしに作戦があるの。よく聞いて…」
リンクの耳に、こしょこしょと作戦を打ち明け始めるシルト。それが終わった時、2人の周囲が、頭上からの光が遮られてふっと暗くなった。
「最後の会話は終わったか?遺言があるなら聞いてやるが」
視線を上げるとクレイのにやにや笑いが目に入った。
それを睨み返して2人は異口同音に言葉を吐く。
「断る!!」
「お断りよ!!」
そしてすぐにシルトはリンクにだけ聞こえる声で呟いた。
「準備はいい?リンク…じゃ、いくわよ…3、 2、 1、 」
シルトの両前足の爪が赤い輝きを宿した。
「くらえ―――――――――!!!!」
一心を込めた叫びと共に、大地に向かって振り下ろす。
爆発音と共に、先程とは比べ物にならないくらい大規模な土煙が辺り一帯をすっぽりと包みこんだ。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/27 (Sat) 21:32:56
辺り一面は全て茶色、だった。
細かな粒子が鼻や口から入りこんでくるのに加えて、視界が猛烈に悪くなっていた。
そんな中でマッツワームに乗ったクレイは1人、悠然としていた。
「さて…まあ、これは困ったな。見失っちまったか」
右横にゆらりとした気配を感じて攻撃を加えてみるが。
「…ち。外れか」
相手の気配が読みづらい。というか、居場所を掌握できなくなっていた。
どうすっかな、と頭を掻いた時、どこからともなく湧き出るように左斜め前からシルトが現れた。
とっさに拳を固めた左手を振って彼女の腹にフックを見舞う。
しかし、それは当たる寸前で、バチィンと激しい音を立てて止まった。
彼女の身体の周りに半透明の結界が形成されていた。
シルトはひたと目標を見据えている。
それはクレイではなくマッツワーム――――いや、もっと詳しく言うのであれば、大蛇の胴体、であった。
「死者の罪を断ち、生者に生命の息吹を降ろす者よ、時を追い越し駆け参じてまいれ!!“アルワ――ヌ”!!」
蛇の体の下から飛び出した複数の緑の刃によって、土で出来た胴体が切断された。
まるで刺身のように綺麗に等間隔で分断された蛇のお造りができあがる。
その一部分の切り口から、わずかに紅い燐光がこぼれているものがあった。
「ビンゴッ!リンク、いっくよ――――――っ!!」
弾む息を整え、再び魔力を集中させる。
「稲穂の妻となる者よ!汝が剣を我が元に!“シャイニングレイ”!!」
同時にリンクが大蛇の頭のすぐ下に現れた。
その姿を認めたクレイの余裕の笑みがそのときになって初めて消えた。
すぐさま跳躍して大蛇の脳天から回避した直後、リンクの牙がクレイが立っていたまさにその場所にがっぷりと食いこんだ。
リンクの牙が蛇の頭の部分に埋めこまれていた紅い玉を捕らえて引きだすのと、シルトが召喚した白銀の雷が中の玉ごと土の塊を貫くのがほぼ同時で、最後にリンクが玉を噛み砕くと、“核”を失った大量の土は、とたんに重力に従って地上へ落ち、小さな山をつくった。
土と共にぼふんと落下したリンク達はお互いの顔を見合わせて一瞬、ほっとした表情をつくったが、すぐに険のある面持ちになってクレイの方を向いた。
強敵、マッツワームを倒したといえ、こいつを何とかしなければ根本的に問題は解決しないのであった。
「…何故、蛇の弱点に気付いた?」
クレイが言葉を発した。恐ろしく平坦な声音。
「最初、変に思ったのは“二筋の紅い落雷”。体が土で出来ているから何度でも再生可能とは言っても、あの蛇が魔法によって創られたものである以上、“魔力を供給する源”があるはずだと思ったの」
一旦シルトは言葉を切った。
「最初はアンタ自身がそれかと思った。でも最初の雷が“核”だったとすれば、辻褄が合う。核が2つあることも、魔力を送るのには効率的。1つ目はアンタがずっと蛇の頭に立ってたからすぐに分かった。後はカン」
「お前の言う“査定”とやらには及第したぞ。この次はどうするんだ?尻尾巻いて逃げ帰って、このことを“陛下”様にご報告か?」
クレイはうつむいていてどのような表情をしているのか分からない。
しかし、リンクの皮肉を聞いて、先程までとは違った種類の笑みを口元に浮かべた。
肩が小刻みに震え始める。
「ふふ、ふ…あはははははははははははははははははははっっ!!!」
狂ったように高笑いをするクレイ。そこには今までの人を馬鹿にするような響きはない。
あるのは、ひどく純粋で危うい、見方によっては幾ばくかの狂気が感じられる愉しさのみだった。
目の前の異様な状況にリンク達はたじろいだ。言葉を発することも忘れてただ見つめることしかできない。
唐突にクレイの笑い声が止んだ。
「…ははっ、全く、とんだ嬉しい…嬉しすぎる誤算があったモンだぜお前等はよぉ」
片手で顔を隠し、くつくつと喉の奥で笑い声を立てる。
「あぁ、そうだ。お前等が言ってた“査定”な…そうだよ及第だな完全に。言い方変えりゃ合格だゴーカク。良かったなぁ。ホント良かった。オレの方が涙が出そう」
妙に嬉しそうな素振りでクレイはつらつらと喋り続ける。
流石に眉をひそめたリンクが声を発した。
「…おい、大丈夫かお前?蛇を倒されたショックで頭おかしくなったか?」
「何だお前心配してくれてんの?オレはちゃーんとマトモだぜご愁傷さま~。ま、くどいけどホントに良かったんだぜ?なんせ…」
ここまで喋った途端、クレイの口調ががらっと変わった。
「 オレが、本気を出せるんだからな 」
ぶわっとリンクの背中の毛が総毛だった。一瞬で全身の血の気が音を立てて引いたのが分かった。
“ただ、1人の人間が発した短い言葉だけで、2匹のケモノが怯えた”のだ。
『あ、あ、あ……』
ミドナは全身の震えが止まらなかった。
彼女はクレイのこの口調を以前にも聞いたことがあった。その時は――――後は地獄だった。
クレイはミドナの同胞達が転がっている真ん中で、全身を深紅に染めながら、彼女の方を向いて嗤ったのだ。
『逃げろ…』
「えっ!?」
2匹は振り向いて、ミドナの異常な怯えようを見て肝をつぶした。
『今すぐここから逃げるんだッ!!あそこの子どもも連れて全速力で!!でなきゃあ…絶対殺されるッ!!!』
リンク達は弾かれたように飛び上がって走り出した。向かうはリランの居る鳥籠。
クレイはふ、と微かに笑った。
無造作に、何も提げていない左腰の辺りに右手を添える。
「させねぇよ」
そう言った瞬間―――――――――影で出来たミドナの身体がずたずたに切り裂かれた。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/09/27 (Sat) 21:36:10
「いやああああああぁぁぁぁぁああああ!!!」
シルトの悲鳴が辺りに響き渡った。
自然と2匹の足は止まり、目の前の光景に釘づけとなる。
消えてゆくミドナの残骸のうち、辛うじて残っていた顔の中で、オレンジの瞳がリンクを捉えた。
その口が動いた。
だいじょうぶだ、と言った気がした。
バキバキバキ…
重苦しい音がした。はっとして森の方を見ると、この広場から通ずる大きな道に、両脇の大木が倒れてきて塞がれている。
リンク達のような身軽なケモノなら、他の木々の間から逃げ出すことはいくらでもできるが、リランという、ケモノに比べて走力の劣る子どもを連れて逃げるのであれば、障害物の多い森の中を走ること、ましてや追いかけてくる敵に追いつかれずに走るのはかなり困難であった。
「オレ達が絶対にリランを置いては行けないだろうと見越したわけだな…くそっ!」
リンクは悪態をついた。
確かに、クレイがリランの持っている“翡翠”を狙っているのならば、彼女は絶対に守り通さねばならなかった。
クレイはどこからか出したひと振りの細身の剣をひゅん、と軽く振った。
「さぁ~てと。これでお前等を誑かすヤツは消えたし、あのガキと一緒に逃げる道は無ぇ」
お前等だけ逃げようってんなら別だけどなぁ、とクレイはせせら笑う。
「うん?さっき碧の瞳のヤツが言ったのとは逆のパターンだな今は。さてどうすんだぁ?“勇者”サン達よぉ」
「や…やめて!!」
高い、澄んだ声音がリンク達の背後から上がった。
「お願い、どちらも殺さないで…。これ、“翡翠”は、あげます、から」
リランが手のひらに雫型の宝石を載せて差し出していた。彼女も全身が震えていて、怖いのを我慢している様子がよく分かった。
「駄目だリラン!渡したらどうなるか分からないぞ!!それは君が今まで大切に守ってきたモノだろう!?」
「これより生きているひとの命の方が大事ですっ!!」
リランは涙でぐちゃぐちゃになった顔でリンクを睨んだ。瞳には決めたことを譲らない強さがある。
「リラン…」
シルトは少し感心した。そしてふと、こんな時なのに、リランって小さい頃の自分にちょっと似ているところがあるな、と思った。
「分かった。じゃあアイツを倒せばいい。それで良いだろ」
「ひゅう。言うねぇ。でも果たしてその発言にお前の実力は伴うかな?」
クレイのまとう殺気がどんどん威力を増してゆく。
「あっと。コレ、オレの得物ね。“小太刀”っての。知らんと思うけど一応」
突然、何の前触れもなく、クレイの姿が消えた。あまりに唐突過ぎて、“クレイがいきなり消えた”ことに気づくのが遅れる。
「これはお前等の“最終試験”」
クレイの声が右の方向から聞こえた。向いてもそこには誰もいない。
「オレが本気になった以上、お前等にオレの姿が見えることは無い」
左から。
「手加減は全くしねぇ」
後ろ。
「偉大なる“勇者”様達もここで終わりだ」
前。
「さぁてと。そろそろやるか」
再び右。その言葉の余韻が響いて消えないうちに、シルトの顎が、何かに蹴り上げられた。
「!?」
もんどりうってひっくりかえり、起き上がらないうちに、腹の辺りにまた一撃。
「ぐがっ!!」
砂地の上をごろごろと転がっていって、木の根にぶつかってようやく止まる。
シルトは立ちあがることができずに血を吐いた。
色は赤黒い。蹴られた箇所が焼けつくように痛むので、体の中が傷ついているのかもしれなかった。
「悪ィな。お前に魔法使われると厄介なんでな」
「シ…シルトッ!!?ぎゃっ!!」
リンクがシルトの方に気をそらした瞬間、彼の後両足に激痛が走った。
かくん、と力が抜けて立っていられなくなり、地面に倒れざるを得なくなったリンクは、残る2本の前足で何とか立とうと足掻き始める。
「ひど、い……」
リランは目の前で繰り広げられる一方的な攻撃に、最早目を覆うことすら出来なかった。
彼女に出来ることはただ、祈ることだけ。
「お願い…もうやめて…。シルトさん達…どうか、死なないで…」
力僅かな2匹のケモノはそれぞれ荒い息をつきながら頭上を仰ぎ見た。
恐怖に揺れる2対の瞳が最後に見たモノは、自らに向かって迫り来る白刃。
「“さようなら”」
2つの場所で、ゆっくりと2匹のケモノが倒れた。
とん、とその中心に降り立ったクレイは、刀を1回振って鞘にしまい、紅く染まった指をぺろりと舌でなめた。
「オレと出会うことになってしまったのがお前等の運のツキ――――悪く思うなよ。運命の歯車が噛み合えば、巡り巡っていつかまた相見える時があるかもしれねぇな。そんときにまた出直してこい。…あぁ、とりあえず言っとく。“楽しい時間をありがとよ”」
クレイのマントの裾がはためいた。まばたきほどの間に姿が掻き消える。
程なくしてリランを囲っていた籠が弾けて消えた。
少女はよろけながら出てくると、まろぶようにしてケモノ達が倒れている所に走り寄っていった。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/10/02 (Thu) 22:12:21
「戻った」
「ん?あぁ、お帰り。早かったんだね。あれ、手ぶら?“陛下”はともかく、“あいつ”に絶対何かごちゃごちゃ文句言われるよ?」
「うるせーな。別にいいんじゃねぇ?“陛下”はどっちでもいいって言ってたし。困るの“あの野郎”だけじゃんか」
「ボクも“あいつ”が困ろうが何しようがどうでもいいんだけど、今は紛いなりにも同志のうちで余計な波風立てない方がいいんじゃないかな?」
「ああん?めんどくせぇ。そーゆーの、オレ一番苦手なんだよ。絶対ご免だ」
「…言うと思った。それにしても、随分気に入ったんだね、あの2人のこと」
「何だ、バレてたのか」
「だからあんなことまでしたんだ?」
「悪いかよ?」
「いや、ボクも他人のことは言えないからね。否定はしないよ。でもやっぱりキミは面白いよ、クレイ」
「お前もな。シーク」
「だろうね。…ああ、そろそろ帰還しなきゃまずいよ。流石に“陛下”の怒りを買うかも」
「おう、そりゃ御免だぜ。さっさと帰って報告だ」
「じゃあ行こうか」
「ああ」
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/10/02 (Thu) 22:15:45
第9話:それぞれの想い
身体がゆらゆらと揺れている。それがすうっと糸に引っ張られたように浮上して――――
シルトは目を覚ました。ぼやけた視界に鮮やかな色彩が映り、像を結ぶ。
彼女と同じ、蒼色の双眸。
「シルトさん、起きた?」
「あ、うん……一応」
リランに支えてもらいながらゆっくりと起き上がる。頭痛、眩暈などはしない。まだ多少頭の芯がぼうっとしている感じはするが、しばらく経てば消えるだろう。
『やっとお目覚めかい』
ハスキーな声が傍らから響いた。首を巡らせてそちらを見れば、以前と寸分違わぬ姿のミドナが足を組んで宙に浮いていた。
「良かった…。ミドナ、無事だったんだ」
『あたぼうよ。ま、念のために魔力を残しておかなかったら危なかったけどね』
「そう。ところでここは…?」
シルトは辺りを見回した。背が高く、幹が太い木々に囲まれた空間。透明な水がこんこんと湧き出している泉のほとりにシルト達は居た。
どこかで見たことのある風景だ。
「『精霊の泉』だよ。トアル村近くにある方じゃなくて、まだ森の中なんだけど。あそことは対になってるんだ」
さっき私達が居た所からはちょっと歩いたところだよ、とリランは言う。
「え、ってことはもしかして、リラン、まさかあなた1人であたし達をここまで運んだの!?」
悪いが、ミドナが手伝ったとはあまり思えない。
リランは得意気な顔になって右手の人さし指をくるくると回した。
「私も少しは魔法を使えるって言ったよね?頑張ったんだ」
シルトは手を伸ばして少女の頭をわしわしとなでた。リランは目を細めて嬉しそうな表情をしている。
「……あれ?」
シルトはリランの頭から離した手を凝視した。肌色ですべすべしていて、指は5本。勿論、銀灰色の体毛なんて生えていない。
ぎくしゃくとミドナの方を見ると、彼女はふいっと視線をあらぬ方へと向けた。
『顔が見たかったら、泉の水に写してみればいいんじゃないかい?』
シルトはずりずりと水際まで近寄って、身を乗り出した。
銀色のミドルショートに蒼瞳の少女がこちらを見つめ返してくる。
「……元に戻って、る??」
ミドナははあ、とため息をついた。
『やっと気づいたのかい。仰向けで寝てた時点で変だなとは思わなかったわけか』
「…えっと、何で?」
『ワタシも詳しく知りたいよ。この泉水に“解呪”の効果があるってことは間違いないとは思うけどね』
「うーん、怪我や病気を治せるっていうのは知ってたけど、呪いを解く効果があるのは私も知らなかったなー」
シルトは2人の方を振り向いた。
「あたしはどのくらい眠っていたの?」
『…だいたい3日くらいかね。アンタ達2人とも怪我が酷くてね。リンクは両足の骨折と脳震盪だったからまだ良かったものの、アンタの方は内臓が一部損傷してて…』
シルトははたと気づいた。
「そうだ!リンクは…?」
『あぁ、アイツはねぇ…』
ミドナが言いかけた時、背後の藪が、がさがさと音を立て、当のリンクが姿を現した。
(わ…!!)
シルトは初めて目にする人間リンクに目が釘付けになった。
(碧の瞳っていうのは違うけど…。その他は書物に出てくる“時の勇者”にそっくり…!!)
リンクの方もシルトの姿に驚いて立ち止まっていたが、彼女と視線が合うと、瞳を曇らせ、無言で歩を進めた。
『どうだった、リンク』
ミドナが静かに訊ねた。彼女はリンクの顔を見ようとはしない。
リンクが首を横に振ると、ミドナはそうかい、と言って口をつぐんだ。
リンクは険しい表情でシルト達の横を通り過ぎ、離れた場所で3人に背を向けて腰を下ろした。
「???」
シルトは面食らった。何故リンクが自分達にあんな素っ気ない態度を取ったのか訳が分からなかった。
「あたし、何かしたっけ…?」
ミドナが飛び上がってシルトの耳傍に来ると、ひそひそと囁いた。
『さっき目が覚めてから、ずっとあんな調子なんだよ。あまりにも塞ぎこんでるから、ちょっと散歩がてら森の様子を見てくることを勧めたんだけど…。やっぱり逆効果だったかねぇ』
「何で逆効果に?」
『ホラ、瘴気が満ちていた森の区画があっただろう?あの毒蛇の方は倒したから、もしかして元に戻ってるんじゃないかと思ったんだよ。――あの様子だと変化はナシ…ってトコか…』
そう言って目を伏せるミドナはどこか悲しそうな顔をしていた。
「へぇ…ミドナにも可愛いトコロがあるのね。リンクと森の心配をするなんて」
『………』
ミドナは答えない。代わりに、リランがシルトに囁いてきた。
「シルトさん、リンクさんのこと、どうしよう…?辛いことがあるなら、誰かがお話聞いてあげる方がいいよね…?」
その瞳は真っ直ぐで純粋。
シルトはその頭を偉い偉いと再度なでてから立ちあがった。
「ん。あたしが行ってくるよ」
リランの方にひらひらと手を振ってから歩き出す。もしかしたら拒絶されるかもしれないから、一歩一歩ゆっくりと近づく。
「リンク…?」
彼から数歩離れたところで止まってしゃがむ。
もう一度、呼びかけてみた。
「リンク、聞こえてる?」
返事なし。
もうちょっと近付いても怒られないかな、と判断してそろそろ進む。
背中に触れようとして手を伸ばし、はっと気づいて引っこめる。彼の背が小刻みに震えていたからだ。
思わずリンクの顔を覗きこんで、彼の態度の本当の訳を悟る。
シルトに見られたことがきっかけになったかのように、リンクは人目も憚らず、大粒の涙を砂の上に零し始めた。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/10/21 (Tue) 22:29:42
「………ッ悔しいッ…!!」
ぎゅうっと血管が浮き出るほど固く固く握りしめた拳を、何度も何度も地面に打ち付ける。
「悔しいッ 悔しいッ 悔しいッ 悔しいッ 悔しいッ 悔しいッ!!!!」
拳は最初のうちは柔らかい白砂を抉っていたが、その下の、小石が混じった土に当たるようになると、その皮膚は破れて、至る所から血が滲みだした。
ぱし、とその悪循環を止めたのは細い少女の腕。
リンクの手を掴んだまま、シルトは何も言わない。
しばらくすると、彼の手から力が抜け、地面に落ちた。
「クレイ…!!アイツは…どうしてオレ達を殺さなかったんだ…?やろうと思えばいつでも簡単にできたはずだ…!!」
血を吐くようなリンクの想いの吐露。
「馬鹿にしてやがる…!!殺す価値も無いってことかよ!?くそッッ!!!」
歯を食いしばるリンクの視界に、すっと小さな影が差した。
『おい、お前まさか辛いのは自分だけとか馬鹿みたいな考えを持ってるんじゃないだろうね』
腕組みをしたミドナは、涙でぐちゃぐちゃのリンクを見てふん、と鼻を鳴らした。
『ワタシもシルトも同じ立場だろう!?自分1人で抱え込んでどーするつもりだい』
「でも…。オレがもっと強かったらこんなことには……」
『やっぱりね。そんなこと考えてるだろうと思ったよ。何でアンタといい、姫さんといい、こんな馬鹿みたいな奴が多いんだろうねこの世界は。いいかい、アンタのクソ真面目さはいい面もあるんだけどね、良くない面も多いんだよ。もっと肩の力を抜いてもいいじゃあないか。“何で勇者が2人いるか”。この意味をもっとよく考えな』
リンクはうなだれる。
シルトはその様を見つめていたが、おもむろに泉の水をすくって彼の両手にかけた。決してこすることはせず、砂や土を洗い落として傷口を綺麗にしてゆく。
ほどなくして血は止まり、元のように治る。
リンクは黙っていたが、ぽつんと呟いた。
「ごめんな、シルト」
「え? な、何が?」
「さっき。目が合った時に嫌な顔しちゃったこと」
シルトは慌てて顔の前で手をぶんぶんと振った。
「全っ然気にしてないよ!?というか、あたしこそ勝手に顔見てごめんね。見られたくなかったでしょ?」
リンクは吹っ切れたようにからりと笑った。
「大丈夫だよ。むしろ、あれで気が楽になったからさ」
そしてまだいくぶんか腫れている目で空を見上げた。
「強くなりたい…!ミドナもシルトも一緒に。これから先、何者にも負けないように。そしていつか、クレイをぶっ倒す!!」
そう言うリンクの瞳には決意が感じられた。先程の弱気な姿はもうどこにもない。
シルトはそんなリンクの背中を眩しそうに見つめ、瞬間、目を伏せた。
クレイニ負ケテモアンナ瞳ヲスルナンテ ヤッパリリンクハ強イナァ
アタシハ…?……感ジナイ
アソコマデ悔シクハナイ
ドウシテ?……ドウシテアタシニハ感ジレナインダロウ?
アタシハ、ミドナヤリンク達トハ違ウ
所詮、“片割れ”デシカナイカラ…?
本来ナラ“居ルベキモノデハナイ”カラ………?
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/10/21 (Tue) 22:31:51
『さて、と。これからどーすんだいリンク?』
「ああ、一反ゼルダ姫のところに戻ろうかと思ってるんだけど、シルトはどう思う?……おーい?シルトさん?」
うつむいて反応が無いシルトを訝しんでリンクが肩を軽くたたく。
その感触で、彼女は我に返った。
「あっ、えっ、うん、いいと思うよ!!」
「決まりだな」
リンクはミドナに向かって大きくうなずいてみせた。
『ん。怪我も大丈夫みたいだしね。善は急げ、だ。すぐに準備するよ』
「あの…」
それまで黙っていたリランがおずおずと発言した。
「ゼルダ姫様のところに行くんだよね?じゃあ、これをお願いします!」
差し出された手のひらには、あの“翡翠”が乗っていた。
「あれ!?これクレイに奪われたんじゃなかったんだ!!」
リランはこっくりと首肯した。
「そうなの。変だよね…。最初はこれを見せてくれ、って言ってきたのにね。でも私はこれが無事で良かった」
リランはリンクの手に“翡翠”をそっと置いた。
「本当に、いつ見ても、綺麗…」
シルトが雫型の宝石に触れようとした瞬間、“翡翠”が輝いた。瞬く間に革紐がついた小ぶりのペンダントに姿を変える。
「え!?何で形が変化したわけ!?」
ふむ、とミドナは顎に手を当てた。
『こりゃあ、一種のカモフラージュ効果を持った魔法がかかってるね。こんなに大きな宝石をそのまま持ち運ぶのは目立つし、盗賊などに奪われる危険もあるだろうからね』
「へえ…。便利にできてるんだな。んで、これどっちが持つ?」
リンクは言いながら女性2人を見た。なぜかというと、ペンダントは女物だったからだ。
『ワタシの髪に碧は似合わないと思うよ』
オレンジ色の髪を見ながら、リンクは確かに、とうなずく。
となると残りは1人。
「…あたし?別にいいけど」
シルトはペンダントを受け取ってしまおうとした。しかし「何でつけないの?」というリランの言葉に、考え直して首にかける。
「シルトさん、似合ってるよ!」
「ありがと」
照れくさそうにはにかむシルトに、自分のことのように、にこにこと嬉しそうなリラン。
その様子を目を細めて見ていたリンクだったが、シルトの面影に、今は行方不明の幼馴染の少女の笑顔が重なった。
「……イリア…!!」
リンクは鮮明に、運命の分かれ道となった“あの時”のことを思い出し、彼女を必ず見つけ出すという決意を一層固くした。
「じゃあ、これでお別れなんだね」
「ああ。村まで気をつけて帰るんだぞ。もしかしたら魔物の残党が出るかもしれないからな」
「“翡翠”を預けてくれた人によろしく言っといてね。あと森の真ん中は通らない様に。毒で汚染されてるから」
「うん、分かった」
「じゃあね」
最後に手を振って、2人はミドナの方に向き直った。
『また“トワイライト”の中に戻るわけだから、ケモノの姿になるよ。とりあえず、だけどね』
「おう」
ミドナの創った魔法陣の中に足を踏み入れる。黒い煙状のモノが2人の身体をなめ、たちまちケモノになりかわる。
ミドナがしゅっ、と中に飛び込んだ後、円陣が閉じ、リンク達の姿が掻き消えた。
リランはしばらく勇者達が消えた辺りの空間を眺めていたが、ほう、とため息をついた。
「ミリア様、私はあなた様の言い付けを守ることができました…」
手を祈るように組み合わせ、少女は目を閉じる。
「どうか、あの勇者の方々に良き道が示されますように…。女神さま、“私達の同胞”に祝福をお授け下さい」
しばらく動かずに祈りを捧げていたが、やがて姿勢をとき、少女は背後の森を振りかえった。
「さて、と。帰ろっか」
独りごとにも聞こえる呟き。それを受け取る者は誰ひとりとしていないはずだった。が、しかし。
ごそごそと、リランの懐で何かが動いた。
少しくしゃくしゃになった白銀の毛並みを持った猫の頭がぴょこんと突き出す。
金色の瞳で主人の顔を見上げ、一つ頷くと、今の今までじっと姿を隠していた妖精はぽんと飛び降りた。
すかさず翼を広げ、ふよふよと宙に浮く。
“ティラに良く似た妖精”を伴って、リランは小走りで深い森に分け入って行った。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/10/21 (Tue) 22:35:41
第10話:鍵
王都、ハイラル城は今日も黄昏色の空を背景に佇んでいる。
城下町から一歩出れば、頭上に広がる空の色は蒼なのに、その不可思議さに疑問を覚える者は、街の中には1人も居ない。
城の周りに、不気味な怪鳥が何羽も旋回していることにも、気づく者は誰も居ない。
同様に、その城の一角を駆け抜けていく、小さな影があることにも気づかない。
そう、何かを見張るように飛んでいる怪鳥にさえも……――
「侵入成功だな」
シルトと肩を並べて螺旋階段を登りながら、リンクは呟いた。
「ああ。思ったよりも、この前の侵入による警備強化はされてないみたいだね」
リンクの上に居るミドナがそれに同意する。
「どうしてだろうね?絶対あたし達のことは相手方にバレてたはずなのに」
ミドナが剣呑に目を細めた。
「何か裏があることには間違いないとは思うけどねぇ。でもその詰めの甘さが、今回アイツ達にとって裏目に出たわけだからね。今はこの幸運を素直に喜んだらいいんじゃないかと思うよ」
言っている間に3人は最上階へたどりついた。見た目にはほぼ分からないくらい細く開いているドアを、リンクが鼻先で押し開けて中へ入る。
次いでシルトが入った時、部屋の奥から何か黒いモノがびゅんと飛んできた。
「ぁいったあ!!?」
丁度シルトのこめかみにクリーンヒットして、彼女の目から火花を散らせる。よろよろとふらつくシルトを見て、“それ”は慌てて彼女の目の前に浮かんだ。
『うわあぁごめんねシルト!でもボクキミにずぅーっと会いたかったんだよー!!来るの遅いってばーっ!!』
「え、あ……ティラ!?」
シルトの耳の辺りに齧りついて、自分がどれだけ相方と離れて寂しかったかという旨のことを延々と喋っているティラの様子を見て、くすくすと笑いながら、ゼルダがカーテンの陰から姿を現した。
「ふふっ…。ごめんなさい驚かせてしまって。私が今日くらいに貴方達が来るって言ったら、この子凄く喜んで」
私とお別れするのがそんなに待ち遠しかったのですか?とゼルダが冗談交じりに言うと、ティラははっと顔を上げた。
『そんなこと…!!ゼルダ様と居ても充分楽しかったですし…』
「冗談ですよ。むしろ生まれて以来の相棒と久しぶりに会うのに、嬉しくないわけがありません」
そう言ってからゼルダはリンクとミドナの方を向いて、真剣な顔になった。
「“森”の魔物は退治して頂いたようですね」
「はい、でも…。それを操っていた者には勝てませんでした」
事の次第を手短に説明したあと、リンクはうつむいた。それを見て、ゼルダは優しくうなずく。
「あのクレイという者は得体が知れませんが、恐ろしい戦闘能力を持っています。皆、無事で本当に良かった」
リンクはその言葉に深く同意した。こうしてゼルダの慈愛に満ちた言葉を聴けるのも、命あっての物種だ。
「あ、そうだ。あたし達、さっきリランっていう女の子から、こんなモノを預かってきたんです」
シルトが前足で首の辺りを掻きむしる。見かねたティラが代わりに毛に埋まった革紐を探し当て、引っ張って彼女の首から外す。
黒猫の妖精は、ぱたぱたと飛んでいって、ゼルダの手にそれを落とした。
ペンダントは彼女の手の中で瞬時に元の姿を取り戻す。
「これは…。“…の翡翠”ですね」
ゼルダは呟いた。一部、聞き取れないところがあったが、特に支障は無いので聞き返すことはしない。
彼女はしばらく宝石を観察していたが、おもむろにその姿を変化させて再びシルトの首にかけた。
「これは貴方達が持っておくべきです」
「何だって?」
ミドナがふわりと浮き上がった。
「一体どういうことだい。詳しく説明しておくれよ」
「分かりました」
ゼルダは頷いて、説明を始めた。
「シルトは既に御存知かもしれませんが、現在“トワイライト”の中心となっているのは『コキリの森』です。そこは、この世界で3つと言われている、“聖域”に当たります」
「“聖域”は光の“礎”たる場所で、そこの魔力は膨大。ゆえにそこを堕とせば“影”の強力な力が支配する土地と成り得る…。デクの樹サマから聞きました」
「そうです。そもそも“トワイライト”とは、“影の魔力”が満ち満ちている空間のことを指します。そしてこの“光の世界”に彼の空間を現出させるためには、術者が魔法でもって人工的に布陣を敷かねばなりません。通常、魔法は術者がその場を離れれば離れるほど制御が難しくなるモノです。ゆえに私はその『コキリの森』に敵の首領が居るとにらんでいます。貴方達が持ち帰ってきた“翡翠”は、そこへ侵入する“鍵”の1つとなるのです」
「“1つ”?複数あるってことですか?」
「ええ。“ヒスイ”、“ルビー”、そして“サファイヤ”。…もうお分かりですね?太古の“時の勇者”の冒険と同じです。これら3つの精霊石は、“閉ざされし地”の扉を開くことができます。集めに行ってくださいますか?」
「はい!!」
「勿論です!!」
「ありがとうございます」
2人に微笑みを向けて、ゼルダは腕組みをしたミドナに視線を向けた。
「ミドナ」
「何だい、ワタシにまだコイツ達の手助けをしろって言うのかい」
「はい…。そうなんですが、貴女には確か“探し物”があったでしょう?それはリンク達と共に行けば…見つかるかもしれません」
「何!?」
ミドナが目を見開いた。
「本当なのか、姫さん!!」
「夢を見たのです。ぼんやりとしか視えなかったので…断言はできませんが…」
「……分かった。あの“森”にはいくら探しても見つからなかったんだ。もしかしたらどこか他の地にあるのかもしれない。付き合ってやろうじゃないか』
ゼルダは次にティラに話しかけた。
「貴方ももうシルトと一緒に行っても大丈夫ですよ。きっと皆の役に立つはずです。私の知識をお教えしましたから」
ティラは首を傾げた。
『そんなこと、してもらったっけ…?』
「今は思い出せなくても大丈夫ですよ。…“時”が、くれば」
そう言って黒い艶やかな頭をなでる。
「よし、じゃあ次の目的地は決まったな」
「『デスマウンテン』ね!!」
「ん。そんじゃ姫さん。ワタシ達はそろそろ失礼するよ」
「ありがとうございました。また、何か“知恵”を頼ることがあれば、いつでも来て下さい。でも…今回はそれほどではなかったでしょうが、次からは警備体制がどのようになるかは分かりません。どうかお気をつけて」
「分かりました。善処します」
ミドナを背中に乗せたリンク達は、踵を返し、素早く開いたままのドアから出て行った。
黒雲が立つトワイライトの中。
小さな影が、新たな仲間を加えて駆け戻って行くのに、
またしても何者も気付くことは無い。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/10/21 (Tue) 22:37:32
「“勇気のトライフォース”の保持者と接触したと言うのに、むざむざ取り逃がすとは何たる失態…!クレイ、貴様、何を考えておるのだ!!」
暗色を基調とした部屋に、甲高い耳障りな声が響いた。
思わずシークは爪弾いていたハープの音を止める。
当のクレイは耳を塞いでしかめっ面を作った。
「てめぇの声は癇に障るんだよ。ちったぁ黙りやがれ。それにこの話はお前抜きで決着がついてんだ。終わったことをいつまでもくどくど言ってんじゃねぇよ。小者か、お前」
小者と言われた男は怒りで肩を震わせた。
「何という言い草…!任務に失敗して逆に開き直るとは…!恥を知れ!!」
「オレはお前の部下でも何でもねーんだよ。命令すんじゃねぇ。虫唾が走る」
「貴様、この私に喧嘩を売っているのかぁ!!」
「んだよ。やるか?」
「2人共、そこまでだ」
見かねてシークは仲裁に入った。
「“陛下”の御前だよ」
途端、男は弾かれたように平身低頭した。
空気が変わった。
重苦しく威圧感に満ちた魔力が大気を変質させてゆく。
『ザントよ』
腹の底に響くような低音が男の名を呼んだ。
「はっ!」
『残り唯一つの“聖域”の探索は滞りなく進んでいるのか?』
「今のところ順調にいっております。近日中には絞り込みも終わり、襲撃の準備も整いましょう」
『うむ…』
声の主は満足そうに返答を寄越した。
『では、行け。調査を続行するのだ』
「御意」
最後に深々とお辞儀をして、ザントは立ち上がった。
長いマントの裾をしゅっとさばいて向きを変え、礼を尽くしたままでドアの外へと退出する。
「…あの成り上がり者めが…!!」
ザントの脳裏に、先程退出するときにちら、と見えたクレイの顔つきがよみがえる。
まるでどこにでもある有象無象を眺めているような、興味の無い冷めた目つき。それはクレイにとって自分は歯牙にもかけられていない格下の存在でしかない、何よりの証であった。
「私を散々虚仮にしおってっ…!!」
一歩一歩に怒りを込めてザントは長い廊下を歩いていく。
ついにあるドアの前で立ち止まると、勢いよく開け放った。
「だが、それもあと少しで終わる…!」
ザントは恍惚の表情で部屋の中にある“それ”を眺めた。
“それ”は秘密裏に手に入れたモノであった。その存在はクレイにも、シークにも、それどころか“陛下”にも知られてはいない。
「これによって私の力は格段に向上するだろう…!!――そうだ」
ザントの目の色が変わった。
「“あの方”にもうこれ以上の力は要らないだろう!残る“聖域”の力は全て私が貰ってやる!!そうすれば…」
ザントは両腕を広げて天井を振り仰ぎ、叫んだ。
「このザント様の前に全ての生物がひれ伏すようになるのだ――っっ!!!」
廊下に狂ったような哄笑が響き渡った。
幸運にも、その笑い声は遠く離れた部屋にいるクレイ達に届くことはない。
部屋の中にある、“モノ”。
それは――
「さて、と。邪魔者はいなくなったぞ」
椅子に座ったクレイは足を組んで肘をついた。とても主の前に居る人の態度とは思えない。
「続きをどうぞ?“陛下”」
『火山への魔物の配置は済んでいるのか』
「ああ。あんたに言われたとおり、仕込んできたぜ」
「“岩の民”の長の殺害には成功しました。あとは魔物がそこの精気を吸い尽くせば、計画の次段階は達成できます」
「しっかし陛下。やった本人が言うのも何なんだがよ、あいつら“勇者”を生かしといて本当に良かったのか?敵の芽は早いうちに摘むってのが定石だろう?」
相手はくっくっと含み笑いをした。
『その気になればあのような奴等、いつでも始末できる。それより今は俺自身の方が優先事項だ』
「…仰せのままに」
シークは片手を胸に当て、大げさにお辞儀をした。
クレイはにやりと笑う。
そのまま2人は姿を消した。
Re: The Legend of Zelda~黄昏の獣~ - 有穂
2014/10/21 (Tue) 22:53:25
約一か月も更新ができなかったとは…!
どうも、お久しぶりです。有穂です。生きてます…
何故だか最近妙に忙しく、予告なしに連載が途切れてしまったことをまずはお詫びします。すみませんでした。
ですがむしろ、これからの季節の方が忙しさの極みになりそうといいますか、学生生活にラストスパートがかかると言いますか…。
1日24時間では物足りないくらいなので、定期的に連載できるかは怪しいところです。
ですので、今回のように、一度に複数回をまとめて更新という形になるのではと思っているので、気長にお待ちいただければと思います。
以上、生存兼色々と報告でした。