ハイラル城の大いなる書庫亭

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ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/08/24 (Sun) 06:49:34

少年は息を吐いた。

その吐息はまるで血を吐くように苦しげで、乾いた砂の上でよろりと転がりそうであった。
金色の綺麗な髪は砂で薄汚れ、むしろ銀色の輝きを放っている。
死ぬか生きるかの瀬戸際で、しかしなお青色の瞳には生きる希望があった。
いや、それは希望なのか、それとも絶望なのかはそしれぬ話ではあったが。
生きることに絶望した彼には、きっと死ぬ希望もあったのだろう。

だが運命はどこまでも皮肉だ。
その足取りが止まることはなかったし、そしてこれから先も無いのだろう。
なにしろ青年はまだ生きていたいと願っていたし、その願いを叶える程の生命力も余力もあったから。

青ざめた月が照らすマイナスの砂漠。
その何もない蜃気楼の道しるべの中に、たった一人、青年は歩く。

まだ知らないから。
彼は愛を知らないから。

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/08/24 (Sun) 06:52:26

色々弄っていたところ盛大なミスを犯しまして、折角立てたスレッドを削除するという大失態をやらかしました。
多大なご迷惑をおかけしまして申し訳ありません、
もう一度、1からやり直します。
初めまして、お久しぶり。或守と申します。

呼びかけに応えて下さった皆様、その呼びかけを見て手助けをして下さった方。
そしてまた新たに執筆環境を整えて下さった管理人様に多大なる感謝の意を申し上げます。
本当にありがとうございました。

早速ではありますが、連載を始めさせて頂きます。
昔ここで連載させて頂いていたものは、完結したものすら手元に置いておりませんでした。
続きから始めても特に問題ないようには書いておりましたが、少しばかり、自分が物寂しいものでして。

というわけで、新連載とさせて頂きます。
ゆっくりゆったり、けれど行方不明にはならないように。
また末長くお付き合いください。

あの日を、もう一度。
その願いが叶った喜びに、感謝を込めて。

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/08/25 (Mon) 07:23:45

Act.1
人を愛する青年




少年の目が覚めたとき、そこは砂漠ではなかった。
彼は首を傾げる。

何故自分はこんなところに?

しかしその問いに答えてくれる人は少年の周りにはいなかった。
くるくると首を回していると、軽快な音楽ときゃらきゃら笑う声が聞こえていることに気がついた。
少年はその声に釣られるように、ゆっくりと、光を遮っていた布を捲り上げた。



「皆楽しんでいってくれよ!」

その声と、その光景。
今まで砂漠を旅していたはずの少年にとって、それほどきれいで、それほど楽しそうなものはなかった。
一輪車に乗り皿を回す年端もいかない男の子に、よく光を跳ね返す剣でジャグリングをするたくましい男。
斜めにかけられた梯子の上で美しいポーズをとる細い女。
少年は我も忘れてそれに見入っていた。
そのキラキラしたステージが、不意にその賑やかさを失った。
アコーディオンは鳴りを潜め、人が次々と捌けていく。
少年が物足りなさを感じた時、その人は現れた。

真っ赤な髪を後ろで結い纏め、華奢でしなやかな体躯を惜しげもなく晒す女性。
あぁ、踊り子だ。と、そう思い至るのには時間はかからなかったが、何故始めてみた踊り子を瞬時に認識出来ているのか、少年は疑問を覚える。
やがて、美しいハープの音が聞こえだした。
その旋律はささやくように、いつか消えてしまうのではと不安になるようなか細さで始まった。
その音に合わせて動く踊り子も、指先だけが滑らかに動くばかりで、大きな動きをしない。
しかしそれが、何故かかえって良いのである。
ピィ…ン、と一際高い音が鳴らされ、一度優雅に縮こまる踊り子。
そこからはあっと言わせる程に圧倒的であった。
ハープだけでない音の調和が現れると、踊り子は燃えるような赤い髪までもがしなやかな四肢の一部かのように激しく踊り出した。
観客達が歓声を上げ出す中、少年の視線はといえば、踊り子だけでなくハープを弾く青年の方まで向いていた。
光を照り返す金色の髪、どこまでも澄んだ青い目。
緑を基調とする服は、どういうわけだか親近感が沸いて。
惚れ惚れするようなその音と踊りは、観客の心を掴んで離さなかった。

その姿を惚けるように見つめていた少年には、まだ自分のことも、自分以外のこともわかってはいない。

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/08/27 (Wed) 12:55:27

「あんた、目が覚めたのかい」

踊り子の踊りが終わった直後のことだ。
声をかけられ、少年は振り向いた。
そこには恰幅の良い中年くらいの女性がおり、そのふくよかで柔和な顔が少年を見つめている。

「無事そうだね、よかった。旅でもしてたのかい?あぁ、怪我してたのかい?お腹が空いてたんじゃないかい?」

次々と出てくる言葉に少年は追い付けない。
ぼおっとしていると、女性の後ろから白い腕が伸びた。

「インパさん、だめだって。僕たちじゃないんだからそんなお小言みたいに言わないの」

まるで幽霊のように伸びたその手は女性の二の腕を掴み、女性は悲鳴を上げた。

「あぁびっくりした、いきなり何するんだい!」
「あはは、ごめんなさい」

女性につまみ上げられた手の主は、先程のハープの奏者だった。
少年はそれに目を見開いた。
切れ長の深い青の瞳。小麦畑の金色の髪。
余裕そうに口元に湛えられた笑みは、歴戦の証が見栄隠れする。

「あれ、あんた達…」

女性が丸い目を更に丸くして口ずさむ。

「随分そっくりじゃないか、うちで拾った行き倒れがそっくり者だなんて、面白いこともあったもんだね」
「僕は面白くないよ、早く下ろしてよ」

少年がちらりと目を向ければ、奏者は切れ長の目に子供のような光を灯す。
女性はため息のように笑いを溢すと、少年に笑いかけた。

「起きたばっかりで腹が減ってるんじゃないかい?ご飯にしよう」

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/09/04 (Thu) 18:43:12

千秋楽を迎えていた彼らの宴は大層なものであった。
なにをどう以て大層と言うのかは少年には分かっていなかったが、そっくりな顔をした奏者の言に間違いはないだろうと、そういうことであった。

団の衆は一々食べ物を前に首を傾げる少年に興味深々である。
もしくはあまりにも何も知らないことに対し、明らかな戸惑いすら覚えてもいる。
それに構わずに諸々を与えるのは奏者であり、柔らかな顔の女性だった。

「なぁお前さんよ、アンタ一体どうして倒れていたんだい?」

物珍しげに食べ物を眺めていた少年が、やけ緩慢に、消えるような動作で顔を上げた。
そして物言いたげに口をはくはくと動かし、やがて力なく首を横に振った。

「そいつぁ……?」

少年は何故か無感動に、もう一度首を振る。

「まさか、分からない?」

少年が頷くと、団衆たちが目を丸くし、目線を交わし、ざわめいた。

「記憶喪失かい?」
「拐われていたんじゃないだろうか」

様々に憶測の飛ぶ中、奏者だけはくつくつと喉の奥で笑っている。
さもおかしそうに、さも当然のように。

「おいリンク、何を笑っているんだ」
「いやぁ、皆お人好し過ぎるんだよ」
「なにさ、アンタ何が言いたいの」

奏者はゆるりと口角を吊り上げる。

「簡単な話さ、もしかしたら嘘をついているのかもしれない。人に取り憑く悪魔ベランのように、騙して誰かを拐おうとしてる、なんてこともあるわけだ」

その一言で、団衆たちは少年を親の仇を見るような目で睨み付けた。
その変化に、初めて少年の顔に表情が浮かぶ。

恐怖。

その顔をみて、奏者は人好きのする穏やかな顔できまりの悪そうな笑みをする。

「……冗談さ、ごめん。この子は悪い奴じゃないだろう。この僕が言うのだから間違いがない」

水をうったような静けさのなかに、その頼もしい声が響く。
その一言で、殺気にも近い緊張感は一瞬で解け、団衆たちに軽口やらが飛び交うようになる。
そこで少年は息を吐き出した。
その感覚も、少年はしっかりと記憶する。

安堵。



「脅かしてごめんね、少し事件をおこしてしまったことがあってね」

少年は大丈夫とでもいうように頷いた。

「ところで、不便なんだ。名前だけでも教えてくれない?」

その奏者の言葉に、少年の喉は初めて空気を震わせる。


「分からない」

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/09/05 (Fri) 07:42:15

「……分からない?自分の名前が?」

奏者は本格的に首を傾げなくてはいけない。
この少年は、それでは一体何を知っているというのか。

「本当に記憶喪失なんじゃないか?」

奏者がそう呟くと、団衆たちもそれに便乗する。

「そうだ、リンゴも分からん人間なんかいない!」
「それはアンタだけだろ」
「なにおう」

団衆たちが盛り上がる中、少年は喉に小骨が引っ掛かったとでもいうような顔で、声帯を震わせた。

「……覚えてる。全部」
「ん?」
「何も、忘れてない」

団衆たちは更に困り果てた。
行き倒れを拾ったのは二度めであるが、色々大事もあったが随分楽だったものだとしみじみ思い返す。

「つまり、そもそも君に名前が無いってこと?」

奏者の問いに、少年は確かに首を縦に振った。

「アンタ、そんな大事なことなんで早く言ってくれないの!」

そう叫んだのは衆の母親のような柔和な顔の女性。
突然の反応に、少年がきょとりと首を捻る。

「それならあたしたちがつけてあげよう。なぁ、いいだろ?」
「インパさん、」
「なぁに、不満があるのかい」
「いいや、賛成だ!」

一気に盛り上がりを見せる団衆たちについていけないのはなにも少年ばかりではない。
奏者の方も、まさかこうなるとは思っていなかったようで、ため息のような笑いを溢すばかりだった。

「……うちの連中、賑やかでしょ」

奏者は思い付いたように言う。
少年はその言葉にただ耳を傾けている。

「年中こんな感じでね、騒音も絶えなきゃ笑いも絶えない。気持ちの良い連中なんだ。ちょっと単純バカだけど」
「なんだとぉこの、リンク!」
「うわぁ拳は勘弁してよ!」

そのやりとりに、少年は能面を外した。

「あ、ようやっと笑ったね」
「……え?」

奏者は大人びた顔で、目を細めた。


「もー皆ってば、舞台の立役者さまを労ろうって気はないのかしら」

新しい声がした。
その音源を辿ると、天幕の入り口が開かれている。
長い赤の髪、女らしい艶やかな四肢。
あの踊り子であると予想するのに、そう時間はかからなかった。

「悪いねぇディン!ちょいとこの子をからかいすぎていたよ!」

がしりと肩を掴まれ痛みに呻いた少年をよそに、団衆たちは自分の酌に手一杯だ。

「……リンク?」

そう踊り子が呟くまでは。

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/09/13 (Sat) 07:15:31

「おいおいディン、リンクはこっちだって」

団衆の一人が奏者を指差すが、踊り子は少年をまるで睨み付けるかのように見るばかりだ。

「いいえ、その子に言っているの。何故貴方がここにいるの」
「ディン、待ってくれ。知り合いかい?」

団衆が尋ねれば、踊り子はしかし首を横に振る。

「いいえ、知らないわ。だから言っているの。何故ここにいるのと」

踊り子の視線に耐えきれないように、少年は目を反らした。
それを庇うように、奏者が踊り子に言う。

「ディン、この子は悪い子じゃないよ。ただ少し、そう。何も持っていないだけで」
「どういう意味、リンク?いいえ、これじゃ面倒ね、地空の勇者リンク」
「何故そう呼ぶのかはわからないけど、この子、何も無いんだ。そう言うしかない」

踊り子は不愉快そうに眉をしかめると、また少年を睨み付けた。

「貴方はリンク?」
「…違う。僕に名前は無いから」

少年は何かを不思議がったが、とにかく踊り子に意識を戻す。
踊り子は面食らったように目を見開くと、呆れたように溜め息をついた。

「貴方、そう、貴方は…」

と、独り言のように呟き、厳しくつり上がっていた目尻を下げた。
それだけで凛とした、むしろ威圧のあった雰囲気は治まり、代わりにただ愛嬌のある美しい顔が現れた。
奏者が小首を傾げて踊り子の様子を見守るが、どうやら踊り子は自分の中で結論を出し終えたらしかった。

「そうね、そういうことなら私が手伝いましょう。名前が無いんだっけ?」

こくこくと少年は首を縦に振る。
すると、ディンは自分の唇に手を当て、悪戯を考える子供のような笑みを浮かべた。

「そう、それならノアなんてどうかしら」
「ノア」
「そうよ、ノア」
「どうしてまた、そんな名前を?」

団衆が尋ねれば、ディンはやさしい慈しむような目で答える。

「ノアは歩く人。貴方はこれからたくさんのことを知らなくてはいけない。貴方自身が歩いて、探さなきゃいけないものがある。だからノア」
「ノア…」

少年は呟く。
与えられた名を。これからそう呼ばれる名を。

「僕は、ノア」

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/10/16 (Thu) 21:31:44

なかなか書く時間が見つからないのなんのと…。
消えてませんよと一時報告です。皆さんのスレはたまに覗いています。

水飴さんの名前が見れたのは本当に嬉しいです。お帰りなさい。
そして狐坂さんは初めましてですが、なんだかもうすでに凄い引き込まれる書き方でこれはやばいと或守の心臓が叫んでいる←

なんて勝手に自分のスレッドで半ば呟きのように書かせて頂きます。
生存報告でした。

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2014/11/26 (Wed) 21:24:44





カタカタと荷馬車は揺れる。
行く先はハイラル。奏者と踊り子の所縁の地。



というのも、踊り子はノアに名を与えた後、急にこう切り出した。

「あたし達じゃ、どうしようもないことかもしれない。けれどアンタはここにいちゃいけないことだけはわかるから、どうにかできるやつにやってもらおう」
「どういうこと?」
「ネールだよ。この世界では明らかに間違ってても、もしかしたら時間を越えればこの子の正しい場所に戻れるかもしれないってこと」

ノアはきょとんと首を傾げたが、奏者はそれで納得したようであった。

「ってことなんだけど、団長、次の公演はハイラルでもいいかい!?」

ほとぼりも冷め半ば盛り上がりかけている宴の中で、奏者がそう叫んだ。
そして一呼吸の沈黙があり、団長は叫び返す。

「よっしゃ、次の公演はハイラルだ!!」

「うおおおおおおお!!」

激しい盛り上がりを見せる団衆に、ノアは乾いた眼差しを向けるばかりだった。




その日から早2カ月。
一座はハイラルへと遠い道中を向かっていた。
2ヶ月でノアはさまざまな事象を学んでいた。
まるで赤子が見る間に立ち上がり親元を離れて歩いて行くように。

「ねぇディン、」

屋根の上で仰向けに寝転がっていた奏者は、同じように屋根の上で日を浴びていた踊り子に耳打ちする。
赤い髪をなびかせ、踊り子は首をめぐらせた。

「ノアは、一体何なの?」
「誰、ではないのね。流石は地空の勇者様」

奏者は碧の目を刺々しいまでに光らせる。

「ディン」
「ごめんってば、許して頂戴」
「怒ってないさ、別に。答えてくれないことに苛立ってはいるけれど」

踊り子は観念したように苦笑すると、若い団衆に囲まれているノアを見下ろした。

「ノアは……」

そう重たい口を開いたとき、後ろから若い女連中の叫び声が上がった。

「賊よ!」

そして馬車が止まり、前方からも呼び掛けがある。

「挟まれたぞ!」

奏者と踊り子は顔を見合わせた。

「……仕方ない、この話は後でにするよ」
「聞き分けがよくて助かるわ」

踊り子は屋根の上から飛び降り、女連中を助けに行く。
奏者はそれを眺め、自分のやるべきことを探し始めた。





/
うわぁあお久しぶりになります申し訳ありません
見てるわけもないでしょうが菓彩さんお帰りなさいっ……またお会いできて本当に嬉しいです……!
せわしない毎日を送っていますがまだ生きてます、生存報告でした

Re: ゼルダの伝説 愛を謳う少年 - 或守

2015/10/31 (Sat) 11:11:28

その剣はまさしく舞うようにひらひらと揺れる。一太刀毎に賊を蹴散らしていく様はある意味芸術とでも形容すればいいかも知れない。
ノアはそれをむしろ感嘆の眼差しで見ていた。
奏者の剣は、しかし誰を傷つけることもなく振るわれる。三人に取り囲まれても水のようにさらりとすり抜けては翻弄していくのを恍惚と見守っていたのだ。

「降伏してはくれないかな。今退いてくれるなら城に突き出すこともしないけれど」

奏者のこの一言に、賊は狼狽えた。と同時に、仲間も狼狽えていた。

「いいのかそんなことして。お前の仕事だろうに」
「僕は賊を捕らえるのが仕事なんではなくて、更正するのが仕事だよ。これから一切盗賊を止めるというならそれに越したことはないんだ」

力の抜けてへたりこんだ賊たちが、柄で打たれ気絶した賊をそっと揺さぶる。
新緑色の三角の帽子が揺れた。それをしげしげと眺めていた賊の一人が、あぁと驚きの声を上げる。

「ああ、お前。そうだろう、王城騎士リンク!」
「…やだなぁ、僕は楽座の奏者リンクの方が好きなんだけれど」

奏者は困ったように笑った。
それを見守っていた踊り子が賊の数を数え終わる。

「十二人ね。鋤や鍬ばかりということは、春まで持つほどの食料が無くなってしまったのかしら?」

踊り子の尋ねに、賊は頷いた。

「俺たちの村はこの山を越えなきゃ見えもしない。妻は冷えで体を壊しちまった。もうこうするしかないと思ったんだ」
「咳の止まらない娘がいるんだ。城には薬があると聞くが、俺にはとても手が出ない金だとも聞いて…」

奏者は一人一人の話を全て聞いている。踊り子は呆れ顔で馬車に戻り、他の連中に何かを話しているようだった。

「君たちだけが不幸になることはない。力になろう」

奏者は力強い声で言い切った。
その表情は、奏者としての顔ではないような、そんな気がノアにはしていた。

「リンク、どうせまず食料を上げたいと言い出すんでしょ?インパの説得は任せるわよ」
「話が早くて助かるよディン。だけどどうせならその仕事もしてくれていたら嬉しかったな」

踊り子が投げ渡した赤い実をそのまま賊に差し出す奏者に、ノアはひたすら目を丸くしたまま見ているだけだ。

「もうすぐ春だ。今を耐えれば恵みがある」

賊が尋ねる。

「なんで、助けてくれるんだい?」
「なぁに、そうだな」

奏者は人差し指を口にあて、

「僕は人間を愛しているから」

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